帝国
私が修道院で働き始めてから二年経ちました。
修道院は平穏です。
変わったことといえば修道院の前に警備員用の小屋が建てられました。村の人たちが力を合わせて建ててくれたものです。
村の方々は『孤児院の警備員』ではなく『村の警備員』と勘違いしているのかもしれません。依頼料を払っているのは教会ですけどね。でもまあ小屋は村の人たちが建てましたし。警備員の方も村の周囲を散歩・・・ではなく巡回してくださっていますから。
警備員には冒険者組合から依頼を受けた人が交代でやってきます。お年を召した方や怪我の後遺症のある方がやってくることが多いです。教会から支払われる依頼料が安いので元気な若い方は引き受けてくださらないようです。
それでも泥棒が捕まったり、魔物の死体が転がっていたりするので警備の方々の腕は確かですよ。
警備小屋の前で孤児院の子や村の子が『稽古をつけてくれ』とねだっています。たまに応じてくれる人もいますが大抵は『仕事中だ』と断られます。
ゼナさんが警備員としてやってきました。生まれて間もない赤ん坊を抱いて十日に一度くらいの割合で来ています。
「此処は保育所があるから助かるわ」
などと言いながら保育所の手続きをして赤ん坊を私に預けました。
「しばらく顔を見せていませんでしたけど、いつの間に結婚されたのですか?」
と尋ねると
「結婚ってしたのかなぁ?」
などと返事をします。
「この子の父親はフランクって名前で自警団にいるの。この子が産まれてからは一緒に暮らしてるのよ。私は子どもが出来たことを教えなかったのに誰かが伝えたのよね
『どうしてオレに子どものことを言わなかった!』
ってすごく怒られちゃった。この子にミーヤって名前を付けたのは彼なのよ」
ゼナさんはたぶん惚気ているんだろうと思います。私はどう反応していいのか分からなくて困ってしまいました。
彼女の結婚観とか家族のイメージってどうなっているのでしょうか?私は貴族の家で育ったから平民の結婚を知らないだけでしょうか?
それにしても『自由だな』って思います。ゼナさんは冒険者ですから型にはめて考えてはいけないのかもしれません。
「そうそう、あたし危ない仕事を控えたからマイクとのパーティーは解消したの。彼は今フリーで仕事してる。狙うなら今よ?」
「狙うって!何を狙うんですか?」
「やだやだぁわかってるくせにぃ」
ゼナさんの言葉にほんのちょっとイラッとしました。ほんのちょっとですけど!
マイクは時々肉を持って修道院にやってきます。来るたびに
「オレは肉屋じゃねえ!」
と言っています。彼が来ると孤児院の皆で歓迎し茶を飲み食事をして世間話をします。
彼が来ると嬉しいけど・・・。でもそれだけです。それ以上のことはありません。それ以上の事って何?考えると心拍数があがってしまうので考えないようにしています。
ヴィオさんも季節が変わるごとにやってきます。村人の服装が華やかになってきました。村のおかみさん達や娘さんはヴィオさんが来るのを心待ちにしています。
私の髪は肩の下あたりまで伸びました。仕事中は後ろで括っています。二年前に切り残した部分が赤みを帯びた白い髪、伸びた部分が青みを帯びた白い髪になっています。毛先が痛むとそこだけ切り落としているので赤い部分は少しずつ少なくなっています。
「こういう感じの二色の髪色良いわよね。王都で流行らせようかしら?」
などとヴィオさんが言ってました。どうでしょうね?奇抜過ぎて嫌がられませんか?
王国ではさまざまな問題が起きているようです。
星の離宮では事故があり妃候補の何人かが怪我をされたそうです。そのため妃選びはうやむやになってしまったとか。怪我をされた候補の皆様も王太子殿下も気の毒だなと思いました。
王国と帝国との緊張が高まっています。王国と帝国の間には魔物が多く住む山脈や森がありました。かつては魔物の領域を超えるのが大変だったので両国間での領土争いは発生しませんでした。国交は海を使って行われていたそうです。現在は魔物除けが安価で手に入るようになったので山に入ることができます。森も開発され穀倉地帯に変わっています。帝国は王国の領土を虎視眈々と狙っています。
帝国は今のところ山脈を超えてはいません。しかし山脈付近に存在していた小国家群が帝国に吸収されました。今まで王国は王家の女性を人質として帝国に送ることで辛うじて国境線を守ってきました。
帝国は周辺国を手当たり次第に攻め落とし領土を広げた歴史があります。現在では周辺の民族が奪われた領土を取り返そうとゲリラ活動を繰り広げています。そういった争いの鎮圧に向かった皇子が死亡しているという噂があります。次期帝の座を得ようと殺し合っているという噂もあります。
帝国に嫁入した姫様の相手が殺されてしまったため姫様の立場が宙に浮いているという噂まであります。きっとエリザベス様の事ですよね。どうされているのでしょうか?
帝国から『赤髪の魔法使い』の引き渡しを要求されているという噂もあります。それが本当だったにしても王国は応じられませんよね。『赤髪の魔法使い』など今はもう存在していませんから。
村のおかみさんたちが
「戦なんかがおきれば税金が高くなるかもしれないね。嫌だね」
などとおしゃべりしています。今まで攻め込まれた経験がないので気になるのは身近な税金のことなのでしょう。村の中は平和です。
冒険者組合では軍への入隊希望者を募っていると警備に来たおじいさんが教えてくれました。兵を集めなければならないほどに緊張が高まっているのでしょうか。恐ろしく思います。
そんなある日私のところに巻物が届きました。似たような巻物を今までに二回いただいています。巻物に碌な思い出がありません。
配達したのは騎士ではなく停車場に勤める職員でした。王城から大量の巻物を預かり手紙と同じように運び配達しているそうです。受け取りにサインして配達員に渡すと巻物を持ってシスターテレサのところへ行きました。
嫌な予感がしてとても一人で読むことが出来なかったからです。
巻物は王城への召喚状でした。




