加護精霊
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誕生を迎えるヒトの魂に神が祝福を与えると加護精霊が生まれる。加護精霊は生まれたヒトと一緒に育つ。
赤子と一緒に生まれた直後の加護精霊は儚い。意思を持たず動くこともできずヒトの魂からわずかな魔力をもらって育つ。
ヒトが五歳ほどに育つと精霊はようやく形になる。精霊が望むのは己を育んだヒトと共に居て守ること。ヒトが望めば魔力に形を与える。形を持った魔力を人は魔法と呼んだ。
ソレは火の神が与えた祝福だった。誕生したヒトは丸山聖という名で呼ばれた。
聖の生まれた世界には魔法が存在しなかった。それなのに聖の魂は魔力を生産できたからソレは育った。聖が五歳になってソレは精霊としての形を得た。しかし聖はソレの存在を知らない。ソレは聖の周りでクルクル踊り飛び跳ね己の存在を主張した。聖は全く気付かなかった。
聖の魂は魔力を生産できるからソレはとても大きく強くなった。でも聖はソレに気付かない。聖に魔法は必要ないからだ。
火の魔法は化学変化という現象で行使できた。水は土木技術、治水管理という方法で制御した。雷の魔法に似たものを電気や電波などと言いながら使っている。ソレはそんな世界を面白く眺めていた。
聖は、学び働き子孫を残し年老いていく。
本を読むのが好きで、魔法が描かれた作品を片端から読んでいた。魔法使いのアニメや映画を観た。ゲームもした。趣味の合う仲間と語らってもいた。
《魔法を使いたいならオレに言えよ。いくらでも使ってみせるぞ》
ソレは度々聖に声をかけたが聖は気が付いてくれなかった。
聖は平凡で穏やかで幸福な生涯を終えた。
聖は死んだが魂は壊れなかった。ソレが魂を守り切ったからだ。聖の魂が大量の魔力を生産していたからできたことだった。加護精霊はヒトが死んだら共に死んでしまう。しかしソレは死ななかった。聖の魂が大量の魔力を生産していたから。
聖の魂は再びヒトとして生まれるために神の領域にやってきた。
水の女神が聖だった魂に気が付いた。
「まあ、形を崩さずこの領域までたどり着くとは稀な魂ね。あなたには私の加護をあげましょう」
そして女神は気が付いた。その魂に前世の加護がしがみついていたことに。
「火の神の加護がこんなに大きく育ったのね。もう役目は終わったの魂から離れなさい。そうすればあなたも加護を与える存在に至れます。風の精霊のように」
風の精霊は暖かな風と共に聖だった魂に加護を与えた。
ソレは言った。
《離れたくない。前世では魔法を使うことが出来なかった。今度こそこの魂の望むままに魔法を使ってあげたい》
「この魂には新しい加護が与えられました。新たな加護が育てばあなたはその魂から切り離されてしまうでしょう。そうなればあなたは消えてしまいます。その魂に執着するのを止めなさい」
女神の説得に耳を貸さずソレは聖だった魂にしがみ付いていた。女神はため息をついたがその魂を新たなヒトとして送り出した。
魂は魔法の存在する世界に生まれセイラと名付けられた。ソレは火の神の加護精霊としてセイラが生まれた時から形を持った。
水の女神の加護と風の精霊の加護が育つために使われるはずの魔力を自分の力として使った。そうしてセイラを守った。水の女神の加護はソレと相性が悪かったのかほとんど育たなかった。
セイラが五歳になった時には火の加護精霊が圧倒的な力を持ち風の加護がわずかに育っていた。セイラが十五になった時、火の加護精霊は彼女の望むままに魔法を与えた。セイラには前世の記憶の断片があった。例えば夏の夜空を彩った祭りの花火だ。同じ光景を火の加護精霊も見た。ヒトと精霊が共通するイメージを得たためにそれは魔力によって正確に再現できた。
セイラは火の加護精霊を見るようになり精霊はセイラと共に生きていることを喜んだ。
このころから水の女神の加護が育ち始めた。魂が生産する魔力のほとんどを火の加護精霊に奪われていたが十五年かけてようやく五歳児に宿る加護程の形を成した。そこから少しずつ少しずつ火の加護精霊の領域を侵食していった。火の加護精霊には水の女神の加護の浸食を食い止める術がなかった。本来セイラの魂に宿るべきは水なのだから。
風の加護も水の加護に加勢する。火の領域は更に狭くなる。火はセイラの魔力に縋りつこうとするが風の加護はそれを吹き飛ばし始めた。その光景がセイラには火の加護精霊が暴れまわるように見えていた。
セイラが望んでも火の魔法は使えなくなった。
この時セイラが風の魔法か水の魔法を望んだならばおそらく使えただろう。しかし今まで使えなかった魔法を試してみようなどとは少しも思わなかった。
火はセイラの魔力に縋りつこうと必死になった。自身がセイラの魂から離れ消えてしまうのは分かっていた。それでも《少しでも長くセイラと共にありたい》と願わずにはいられなかった。風に煽られるうちに縋っていた魔力が発火した。セイラの意思とは関係なく発火させてしまった。火の加護は絶望した。《役に立つどころか迷惑な存在になり下がった》と。
それでもセイラの魔力に縋らずにはいられなかった。繋がりを切りたくはなかった。セイラが呼びかけてくれるのも分かった。戻ってくるように願っているのも知っていた。でもどうにもならなかった。薄くなった絆が更に細くなり消えた。
その瞬間、セイラの魂は崩壊を始めた。繋がっていた加護を失ったからだ。同時に体も活動を止める。
水と風の加護が崩壊を食い止めた。二つの加護は火に邪魔をされて充分に育っていない。力が足りない。それでも加護の役割を果たさなければならなかった。魂と体の崩壊を食い止めることはできた。でもセイラを生かすには足りない。水の加護は傷んだ魂と体の修復を試みる。風は失われた情報の回収を始めた。
崩壊に陥ったのは一瞬だったはずだ。生き延びることはできたが失ったものは大きかった。魔力はほとんどが抜けてしまった。魂が魔力の生産を再開したからそのうちに溜まるだろう。
水は生きるために体の再生を優先させた。残っていた魔力のほとんどをこれに当てた。
風は失った情報のうち言語を最優先で回収した。
セイラは生命活動が再開した直後から言葉が理解できた。魂に刻まれていた記憶の断片など残ってるものだけを利用してセイラの脳は状況を理解しようとフル回転を始める。
記憶の断片と見たままの状況を繋ぎ合わせセイラは自分の置かれた立場が『ざまあ令嬢』のものだろうと推測した。それは聖だった時の魂に刻んだ記憶。大好きだった本の断片。
加護達はセイラを生かすのに必死だ。それは彼らの本来の仕事だから。ヒトが生きていくのを助けるために加護は仕事をするのだから。
記憶を失ったセイラに災難が訪れる。加護達は降りかかる災難からセイラを守ろうと働く。働くことのできなかった時間を取り戻すかのように。
セイラの火の加護精霊だったソレは絆を失い風に吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた先は暖炉の上の煙突の中。かろうじて煤に取り付いた。
セイラから抜けた大量の魔力をソレは集め始める。他に何もなかったから。ソレは漂う魔力を少しずつ引き寄せると一個の魔力塊を作り上げた。
絆を失ったのは春の終わりごろだった。今は夏が終わろうとしている。ソレは煙突の中で魔力塊を抱きしめながら夢を見ている。たぶんもうすぐソレは消える。
ソレがいる煙突の下、暖炉のある部屋に妃候補が数人集まっていた。あと十日程で妃が選ばれる。候補たちはさざめき合っている。
「少し寒いわね。暖炉に火を入れてもらいましょうよ」
呼び鈴で従者を呼び暖房を頼む。従者は暖炉に薪を入れて魔法で火をつけた。
ソレは暖炉に燃える炎を感じた。
《嗚呼セイラ、また花火を上げよう》
ソレはセイラと一緒に花火を上げる夢を見ながら炎の中に落ちていった。魔力塊を抱えたまま。
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王都新聞記事
王城で爆発、帝国のテロか?
夏月56日、星の離宮で爆発がありました。王城広報局からの発表によると離宮広間に大きな被害があった模様です。爆発があったのは56日の午前中で、暖炉に火を入れた直後だったということです。火災が起きましたが火は間もなく消し止められました。一名が死亡し三人が重軽傷を負いました。死亡したのは離宮の従者とみられ暖炉の近くにいました。怪我をしたのは妃候補という事です。騎士団はテロの疑いがあるとして調べを進めています。
星の離宮は王城敷地内の北東に位置し王太子妃候補の教育施設として使われています。王城では慣例として王太子が成人年齢に達した時点で10名の王太子妃候補を選出しています。候補は離宮で一年間の教育を受けていました。この爆発で離宮での生活が困難となりました。怪我人を除く候補者は自宅に帰されます。これにより王太子妃の決定は見送られるということです。
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