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追憶

誤字報告ありがとうございます訂正しました<(_ _)>6/3

「人生なんて思い通りにならないものよ。まして王家や公爵家に生まれたのだから猶更よ」


 そう言ったのは公爵令嬢エリザベス。


「そうですかね?身分の高い方の不自由なんて思いつきませんよ?平民の子なんて親の近くで暮らす事すら覚束ないですよ?」


 そう言ったのは子爵令嬢のセイラ。


「お前たち、言葉が乱れている。そもそもエリザベス、君はセイラの教育係を名乗り出ていたのではなかったか?君がセイラに感化されてどうするのだ」

 学園の片隅でこんな会話をしていたのは二年前だ。


 貴族の教育施設である王立学園に馴染まない少女が居た。セイラ・パトリック子爵令嬢。魔力の多さからパトリック家に養女に入った元平民だ。五歳で引き取られたならばもう少し教育されているはずだと思うのだが、彼女は礼節も言葉遣いもまるで出来ていなかった。


 入学式の日、私が王族だと知ったとたん服が汚れるのも厭わず膝をついて平伏したのには驚いた。王族に対しそういう礼をしていたのは遥か昔だ。今は服が汚れないよう裾を持ち上げ膝を折って腰を落とす形の礼が主流になっている。パトリック家では何時代の礼を教えたのだろうか?


エリザベスが面白がって

「では私が教育係に立候補いたしますわ。まあ!なんて可愛らしい子!」

などとセイラを構うようになった。何処が気に入ったのだろうと当時は思った。


 エリザベスは曾祖母が王女だった関係で兄弟も従兄弟もいない私の遊び相手になっていた。幼馴染という関係なのだろう。共に学び近くにいた。15歳になったら当然妃候補に指名する相手と思っていた。


 学園に入ってからエリザベスはなんだかんだとセイラを構うので私もセイラと一緒にいるようになった。私の周りには側近候補の学生がいる。エリザベスの周りにも家柄の近い友人がいる。その中で貴族とはいっても身分の低いセイラが混ざるのは初めのうちこそ異質だった。しかしエリザベスが熱心に言葉遣いや礼節を仕込んだおかげで最終学年を迎える頃には淑女として溶け込んでいた。



 セイラの魔力は凄まじかった。入学時にはコントロールが覚束ないことも多かったようだがめきめきと腕を上げ精密な魔力操作を行うようになっていた。同じ師に学んでいるというのにこの差は何なのだろうと悔しく思った事すらある。


 卒業試験の課題としてセイラは花火を選択した。夜空に一発撃ちあげて成功させるだけで合格判定の出る大魔法だ。上空に打ち上げる角度、距離。風に流されないよう天候も読まなければならない。上空で爆破させた後降り注ぐ火の粉は地上10メートルでは完全に消えていなければならない。破壊の為ではなく楽しむための魔法は事故が許されないからだ。


 それを彼女は1発どころか100発も打ち上げた。

 上空1000メートルの位置で直径500メートルの花を咲かせる巨大魔法に始まり、上空200メートルの位置で直径百メートルの花を同時展開してみせたり、時間差で次々と止めどなく咲かせてみたり。果ては炎の色を一回の爆発の途中で変えて見せたり。


 それだけのことを魔力欠乏も起こさず事故を起こすこともせずやり遂げた。


 開いた口がふさがらないという状態を自分で体験したのは初めてだ。ただただ驚きながら空を眺めていた。





「やっぱり思い通りにならなかったわ」

 卒業パーティーでそう言ったのはエリザベス。帝国に嫁ぐ話が正式に決まっていた。セイラは目を真っ赤にしていた。

「泣いてはダメよ。今度は私の代わりにあなたがジョージ殿下の近くにいるのよ。約束ね。主席だもの妃候補に選ばれるはず。だからお願い」

 エリザベスもこらえきれずに涙をこぼし二人は抱き合って泣いた。エリザベスの友人たちもそんな様子を咎めなかった。むしろハンカチで顔を覆う者や嗚咽を漏らす者が多かった。




 エリザベスから手紙が来たと言って私に見せてきたのは星の離宮。セイラは薄桃色のドレスを着ていた。


 王宮では色を割り当てられる。国王と王妃は紫。王太子は海老茶。妃候補は海老茶以外の赤系統の色を割り振られる。薔薇色、朱色、紅葉色、と身分の高い者から濃い赤を与えられ、セイラの服は一番薄い色。グラデーションで立ち位置さえ決まってしまうがセイラの髪は誰の衣装よりも濃い赤色をしていた。



 一番濃い赤である薔薇色を纏っていたのはエリザベスの友人だった侯爵令嬢のマーガレット

「これはエリザベス様が纏うはずの色でしたのに」

とマーガレットは悲しんでいた。彼女もセイラとは気が合って離宮では二人一緒のことが多かった。私の足は自然とそちらに向いてしまう。


 当然他の妃候補はこれを面白く思わなかった。侯爵令嬢を落とす理由はないけれど平民上がりのセイラを追い出しにかかったのは自然の流れだったのだろう。そんな事態を招いたのは私の不注意だ。


 妃候補は一年間王太子の婚約者という身分を得られるが離宮の外に出られない。外部の者と会うことは禁止されている。しかし家族との面会は例外だ。騎士の立ち合いが必要ではあるが。候補のところに定期的に訪れる面会者、妃候補の家族はある情報を掴んだ。


『パトリック子爵令嬢には面会を希望する家族がいない』


いったいどういうことなのか。我が娘を妃にと望む家族はパトリック子爵の足を引っ張るべく調査を始めた。


『パトリック子爵家ではここ10年ほど税金を納めていない』

『パトリック子爵は騎士団に所属しているが出仕していない』


 騎士団長に働きかけてパトリック子爵に出仕を求めた。すると子爵家の家令から子爵の捜索願が出される。


「旦那様とは数日前から連絡が取れなくなりました。ここ十年ほどは手紙で指示を下さっていたのですが」

と。

 パトリック子爵の捜索にかこつけて騎士団は子爵の屋敷を探し回った。出てきたのは大量の使用済み魔道具だった。

 後でわかったことだがこれは先代パトリック子爵のコレクションだったようだ。だがこの時捜索を担当した騎士団の隊長はそう思わなかった。なぜなら大切な一人娘が妃候補に選ばれていたからだ。セイラを追い落とせば娘が妃に選ばれる可能性が高くなる。セイラは大魔法の使い手と聞くがインチキに違いない。この大量の魔道具が証拠だと。


 隊長の娘は王太子に訴えた。

「セイラは魔法が使えません。アレは嘘つきです」


 王城での大魔法は騎士団の訓練場以外では使用を禁止されている。しかし小規模な生活魔法の類は当然使っても良い。妃候補たちの訴えでは

「セイラが生活魔法を使っているのを見たことがありません」

という事だった。確かにセイラは魔力の多さから大規模魔法は得意であったが生活魔法の類はあまり使わない。


 王太子はセイラに言った。

「皆の前で魔法を使って見せよ」

 だがセイラは魔法を使わなかった。悲しそうな顔をして首を横に振るばかりだった。


 離宮で小火騒ぎが起きた。候補たちは小火もセイラがやったのだと主張する。魔道具を持ち込もうとして失敗した為に起こした小火であると。


 魔道具の捜索が行われたが離宮の何処からも発見されなかった。小火については言いがかりだろう。しかし小火の原因は分からないのだから犯人だという疑いが晴れない。セイラの立場はどんどん悪くなっていった。


 私はセイラに皆の前で魔法を使って見せるようもう一度説得することにした。しかしセイラは視線を彷徨わせるばかりで私を見ようともしない。


「皆の前で魔法を使って見せなければ更に立場がなくなる。婚約者の立場を失うのだぞ」

「そんなこといけないわ。お願いよ」

「卒業試験の魔法さえインチキと言われているのにか?」

「だめよ!」

「良いか、これが最後の忠告になる。自ら魔法を使って見せなければ他の令嬢たちの言うままに其方を離宮から出さねばならない」

「イヤ!」


 思えば、この時の会話は全く成立していなかったのだ。私はセイラに向けて話していたがセイラは離れていく精霊を引き留めていたのだから。


 叫んだのと同時にセイラの瞳は光を失う、一瞬おいて再び光を取り戻したが私の視線をとらえると恐怖の色を帯びていく。


 どうしたらいいのか分からなくなった。ただセイラを離宮に置けなくなったことだけは確かだった。


 セイラを部屋に下がらせるよう命じた。己の熱くなってしまった気持ちを冷ます必要もあった。あの時は冷静な判断などとてもできなかった。



 久しぶりに会ったセイラは瞳の色だけが同じ別人のように思えた。エリザベスの思い出を話すこともない。私に笑顔を向けることもない。私をみて恐怖する。私が何をしたというのか?

 

 妃にと望んだエリザベスは帝国に持っていかれた。エリザベスに頼まれたセイラも離宮から離れてしまった。好きな女性すら近くに置けない私はよほど王としての資質に乏しいらしい。



 

 思い出に浸っていると扉が開きシスターテレサが入ってきた。そうだ、今は公務中であった

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