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王太子

ブックマークが少しづつ増えています。読んでいただいているのだと思うととても嬉しいです。

時々評価を頂けるのもありがたいです。おかげさまで何とか毎日更新を続けることができています。

恥ずかしながら自転車操業な状態で追われるように書いています。

 クラムへの聞き取りは難航しました。小猿のようにしがみ付き顔を上げようとしません。


「たぶん、男の人が苦手なのかもしれないね。傷をつけられたことがトラウマになってるのかもしれない」

 医師はそう言ってクラムへ質問することを止めました。私からはクラムが修道院に来た日に『あっち』と示した方向を伝えておきました。


 修道院に戻る途中、クラムを発見した少年が柵の近くで騎士と話しているのを見かけました。身振り手振りを交え一生懸命伝えているのを隣で父親がニコニコしながら見つめています。なにかの発表会みたいです。まさかと思いますがアレ、家で練習させてきたわけじゃないですよね?少年のしぐさが芝居の振り付けのようにも見えて少し不安になりました。


 修道院に戻るとシスターテレサの部屋の前に騎士が一人立っています。シスターテレサの部屋は来客の応接室としても使っています。中には王太子が居るのでしょう。私は騎士に会釈してクラムを抱いたまま食堂に向かいました。


 食堂には孤児院の子ども達が修道士、シスターと共に残っていました。村の子ども達は親と一緒に騎士団の見学に出たそうです。


 孤児院の子達も騎士が珍しいのでしょう。窓から身を乗り出すようにして外を眺めています。クラムを降ろすと小走りにベスとハンクの間に割り込んでいきました。子ども同士ではずいぶん打ち解けてきました。トムが指さしながら話すとブラウンが解説をしているようです。なにか美味しそうなものでも見つけたのでしょうか?


 シスターテレサが食堂に入ってきました。

「セイラ応接室に行ってください」


『いぎぁっ』っと変な声が出そうになるのを飲み込みます。修道士と見習いシスターが同時に私を見て気の毒そうな表情をしました。『いきたくありません』と言いたいのですがそんな訳に行きませんよね。私は頷いて食堂を出ました。


 部屋の前で騎士に頭を下げると扉を開けてくれました。中に入ります。扉が閉まりました。応接室の傍らに別の騎士が立っています。


 修道院には応接セットなどという豪勢なものは存在していませんが部屋の中程に小さな丸テーブルと背もたれのない木製の椅子が二脚あります。小ぶりの机と背もたれ付きの椅子は執務用です。


 執務机に王太子が窓を背にして着席し頬杖をついていました。


 私は二歩ほど室内に進みそこで両膝をついて頭を下げました。

「その方セイラに相違ないか」

「はい」


 何でしょうね、白洲で裁きを受けている気分です。


「そうか、本当に髪の色が変わっていたのだな。髪を切ったのはそのためか?」

 思わぬ問いについ顔を上げ王太子の顔を見てしまいました。窓から入ってくる光のため王太子の表情は影になって見えません。頬から顎へのラインだけが妙にくっきり見えました。あわてて下に向き直ります。庶民が王族の顔を直に見ることは大変失礼なことだと教えられています。


『あれ?そんなことを私に教えたのは誰だったかしら?』


「そこまで畏まらなくて良い。まったくそういうところだけは変わっていないのだな?そこの椅子に掛けて顔を見せてくれ」


 そういうところだけ?と疑問に思いましたが口答えせず大人しく木製の椅子に座りました。顔を上げて王太子に顔を向けました。金色の髪に逆光を浴びて後光が差しているように見えて眩しいです。


 王太子は急に立ち上がると私の側まで歩いてきました。もう一つの椅子を引き寄せ座ります。そして私の顎に手をかけクイッと引き上げました。とても冷たい指です。驚いて目を見開いてしまったので王太子と目が合います。切れ長の青い瞳が冷たい感じがします。その瞳の中心がチラチラと赤く揺らめいて見えます。


「やっとこちらを見たな。瞳は同じ色か」


 ものすごく近くで聞こえる声に鳥肌が立ちました。歯がガチガチと鳴り出してしまったので必死で奥歯をかみしめました。

「なぜそのように震える?私が恐ろしいのか?」


 歯が鳴っている振動を感じたのでしょうか?王太子は私の顎から手を放し執務机に戻りました。解放された途端に汗が吹き出しました。息が上がりこめかみのあたりで血管が脈打っているのがわかります。耳にザリザリという騒音が聞こえます。目の前に灰色の砂のようなノイズが現れ周りが良く見えなくなってきました。


 落ち着こうと思って深い呼吸をしようと思いますがうまくいきません。意識が遠のいてしまいそうです。


《あらあら不思議。天井から水が湧き出してお部屋をきれいに流します》

 精霊の声と一緒に水の塊が頭の上に落ちてきました。音が戻ります。衝撃で目が見えるようになりました。部屋は水浸しになっています。私はもちろん王太子も騎士もずぶ濡れです。


《そしてたちまち乾いてしまいました》

 部屋の中に風が吹いて乾きます。


 部屋の隅にいた騎士が私に剣を突き付けています。扉の外にいた騎士も剣を抜き部屋に飛び込んできました。あっという間の出来事でした。


「剣を収めよ。問題ない」

「しかし」

「問題ない。呪文は聞こえなかった。この者は子どものように魔力のコントロールが効かぬのであろう。あれほど自在に操っていた魔法が暴走するのか。加護が入れ替わるとは酷な事だ」


 騎士は剣を収め元の位置に戻りました。部屋の中の騎士は神経をとがらせたまま私を観察しています。


「申し訳ありません」

 私は椅子から降りて再び膝をつき首を垂れました。


 王太子に触られたことが不愉快でした。触られたことがきっかけで感情がコントロールできなくなりました。その結果意思とは関係なく魔法が発動したことがショックでした。それを王太子に指摘されたこともショックでした。騎士に剣を突き付けられたことが恐ろしくもありました。


 感情が不安定になると加護精霊が暴れます。ゼナさんやマイクなら笑って許してくれました。でも時と場所によっては首を刎ねられるでしょう。

『だから会いたくなかったのに』という私の気持ちを誰に伝えればよかったのでしょうか?膝を突きひれ伏すのは恐ろしいからです。体が震えて背筋を伸ばせないからです。


「そうしている方が落ち着くのか?まあよい。そのまま聞け」

床を見つめていると紐をほどく音と何かを広げる音がしました。巻物を広げているのでしょうか?


「王命である。旧パトリック子爵の娘セイラが行ったとされる讒訴(ざんそ)の罪について冤罪だという訴えがあった。調査の結果王国を貶めた事実は確認されたが貶めた人物については不明であった。事件があった際のセイラの年齢を鑑み本件とは無関係と判決が出た。よって王都追放はなかったこととする」


 部屋の隅にいた騎士が王太子の側に歩み寄ります。それから私の前に来て巻物を目の前に差し出しました。私は黙って受け取りました。


 退室を促され食堂に戻ります。再びシスターテレサが呼ばれました。


 私はフラフラと倒れ込むように食堂で蹲りました。


「大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ」

 見習いシスターが駆け寄ってくれました。大丈夫だと言おうとしましたが喉がカラカラに乾いて声が出ません。坊主頭の修道士が水を汲んできてくれました。子ども達が寄ってきます。クラムがヨジヨジと背中に這い上り小猿のように張り付きました。体温が背中に伝わってきます。見習いシスターがコラコラとクラムを引きはがそうとしましたが子どもの体温が心地よかったのでそのままにしてもらいました。


 私の人恋しさのような感情が伝わったのでしょうか?他の子達もわらわらと私の体に取り付いてきます。子どもの体温に温められながら私は又、涙をこぼしていました。

顎クイは恋心がときめくはず・・・

恐怖心が沸き上がったりしないはず・・・

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