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ドレスを売ります

 ポッコリお腹の番頭さんは不審者を見る目で私を観察しています。そりゃそうですよね。朝早くから夜会服を着た女が一人で商店を訪れるなんて事など無いでしょうから。昨晩は土の床に座って夜を明かしたのですからドレスの汚れも目に付くことでしょう。


『せめて生活魔法が使えれば汚れだけでも落とせるのに』

などと思ってしまいます。魔法を使うのはファンタジー世界の定番ですから。ものは試しと

「洗浄」

とつぶやいてみましたら、あらあら不思議。私の体の中から水が湧き出して体や服についていた汚れと一緒にバシャンと地面に落っこちました。そしてたちまち乾いてしまいました。


 驚いた。どうやら魔法が使えたようです。目の前の番頭さんも驚いています。


「お店の前でごめんなさい。商売の邪魔をするつもりはないのです。事情がありましてドレスを売りたいのですがお店の中に入れてもらえますか?」


 お店の中に入れてくれました。私が貴族だと思ったからでしょう。番頭さんは貴族を追い払った場合の面倒ごとと貴族の我儘を聞いた場合の面倒ごとを天秤にかけ悩みぬいたに違いありません。ささやかな髪の毛がひらひらと抜け落ちていくのが見えました。


 簡素なテーブルと椅子が二つある小部屋に通されお茶を出してもらいました。気が付けば昨晩から何も飲んだり食べたりしていませんでした。お茶がとても美味しいです。


 番頭さんが正面の椅子に座ったので私は手にしていた巻物を広げます。番頭さんが読むのに不自由がないように巻物の向きに気を付けて広げました。牢屋の中で騎士が読み上げ私に手渡したアノ巻物です。ずっと持っていたのですよ。仕舞うところがありませんから。この巻物は私の身分証になるのだろう思います。罪人だという証明書ではありますが。


 番頭さんは巻物を読み終わり驚いて頬を引きつらせています。厄介者がやってきたという表情ですね。申し訳ありません。立場が変われば私だって同じように思うでしょう。


「巻物に書いてあるとおりです。私は王都から出て行かなければなりません。着の身着のままの状態で旅の支度が整えられずに困っています。今着ているドレスやアクセサリーを売り払って旅ができるような支度を手に入れたいのです。それから隣の町まで行くための手段と食料も欲しいです。足りなければ髪の毛も売りましょう」


 番頭さんは青い顔をして部屋から出ていきました。商会長にでも相談に行ったのでしょう。


 


 番頭さんが戻ってくるまで暇なので呼び鈴を鳴らしてお茶のお代わりをお願いしました。今度はお茶うけに焼き菓子を添えてくれました。お腹が空いていたのでさっそく焼き菓子を頂きます。糖分が五臓六腑に染み渡りました。涙が出そうです。お茶をたくさんいただいたのでトイレも借りました。数時間ほど待たされました。


 すっかりくつろぎモードになっていたところに番頭さんが戻ってきました。荷物を抱えた女性を一人連れています。


「着替えの服を用意してまいりました。こちらの品で良ければお使いください。お売りいただけるドレスはこの使用人にお渡しいただければ私共が別室で買い取り額を査定いたします。髪を売っていただけるのでしたら直ぐにも準備することが可能です」

「髪も含めて買い取ってください」


 番頭さんは頷いて部屋から出ていきました。商会で用意してくれた服に着替えます。


 私はお店の使用人の女性に手伝ってもらいながらドレスを脱ぎます。こういった夜会服は一人では着たり脱いだり出来ないのです。背中側を紐やボタンで止めるように作ってあるからです。


 ドレスを脱いだあと、背中にあるコルセットの紐も外してもらってようやく深く息を吸うことが出来ました。


 使用人の名前はマーサだそうです。彼女は私が脱いだドレスを畳みながら『下着も絹だから買いとりますよ』と言いました。驚きました。使用済みの下着ですよ?洗えば関係ない?そうですか。買い取ってもらえるならありがたいことです。



 紐パンを脱いでドロワーズというかぼちゃパンツに履き替えます。靴下や靴下止めもいらないので売りましょう。靴下は穴が開いてしまいましたがこれも絹なので買い取ると言っています。


 ハイヒールは傷んでしまいました。買い取ってもらえるでしょうか?直せるから大丈夫?そうですか。よろしくお願いします。これを履いて旅をするのでは辛いですからね。


 身に着けていた指輪とネックレスがありました。指輪は左手の薬指に嵌っていましたから婚約指輪だったのかもしれません。不要です。売りましょう。ネックレスは服の中に隠せるので今回は売らないでに置くことにしました。


 胴に着ける下着は庶民用もコルセットのような形状なのですね。紐が前側にあるので自分で着ることが出来ました。裏側に隠しポケットが付いていてコインを仕舞うようになっているそうです。さすが庶民の知恵ですね。コインを沢山入れれば防御力がアップしそうです。脱いだらお腹に丸いコインの跡が付きそうですが。




 ごわごわした生地の白というよりも黄ばんだ色のブラウスに茶色っぽいウールのスカートとベスト。ウールの靴下。すっかり庶民風の支度が出来ました。木製の靴底に革のベルトのようなものが付いたサンダル風の履物を用意してもらいました。思ったよりも軽くマメだらけの足に優しい履物です。


 結っていた髪を解いてもらいました。思った以上に髪飾りが付いていました。宝石の付いた簪やリボンなどです。名前や家紋などの刻印がないのを確認して全部売りました。やっぱり私の髪はピンク色をしていました。何となくそんな気がしていました。バッサリ切ってしまいましょう。耳が出るくらいまで切っても大丈夫ですと鋏を持つ使用人に言っておきました。


 散髪の後、鏡の前に座って初めて自分の顔を確認しました。色白でぱっちりした緑の瞳。桜色の頬。小さな口元は可愛らしく全体的に優しそうな表情。何処から見てもヒロイン顔です。この顔なのに「ざまあ」路線まっしぐらだなんて。世の中は理不尽で出来ていますよね。


 髪を切った私を見てマーサが泣きそうな顔をしてしまいました。髪を切るっていうのは庶民であっても辛いことなのでしょうか?私は短い方が手入れが楽でこざっぱりしていて良いと思うのですけど。マーサ、そんな顔をしないでください。少し言葉を交わしただけなのに情が移ったのだと言っています。良い人ですね。




たくさんの方にアクセスいただいて驚いています。

ありがとうございます。

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