マイク
ヴィオさんから買ったブラウスは襟の小花刺繍が可愛いクリーム色と白、色違いの二枚です。スカートは踝丈で流行のAライン。紺色の無地と濃いグリーンで細かい格子柄の二着を買いました。
晴れ着用のワンピースは深みのある青色でスカートの裾に蔓草が描かれているところがおしゃれです。
私の生活にも彩があるようになりました。
次に来るときは帽子を仕入れてきて欲しいと頼みました。子どもと遊んだり畑に出たりするのに必要ですから。
仕事中は服の上に白いエプロンをつけています。仕事着のようなものです。
「備品のエプロンが不足していたのに気が付いていなくてごめんなさいね。料理をしてくださる村のご婦人たちの分も足りていなかったらしいのよ。やっと教会から届いたから使って頂戴ね」
シスターテレサがそんな風に言いながら渡してくれました。修道院を一人で切り盛りしているのです。何もかも一人で抱えてとても大変だったのだと思います。
そんな人手の足りない修道院で私の存在が少しでも役に立っていたら嬉しいですね。
午前中は子ども達の世話をし、午後は畑の作業をしたりスライム拾いに行ったりしています。掃除や洗濯は朝のうちに魔法でパパッと済ませることが出来るので楽です。私の前任者(私が赴任する一か月前に退職したそうですが)は午前中一杯かけて掃除と洗濯をしていたそうです。手作業で行えばそれくらい時間はかかるでしょう。洗濯物は干して乾かし取り込んで畳み、その後傷んだ服の繕いなどをしていたら勉強をみたり畑に出たりする暇があったかどうか分かりません。
10日に一日程度の割合で通いの子達は休みになります。その日に合わせ針仕事を終わらせることにしました。私は繕い物が苦手です。一人でちまちま針を動かしていると気が狂いそうなります。でもやらなければ傷んだ服が増えるばかり。子ども達に応援を頼んで針仕事を始めました。
「セイラがんばれー」
ベスが握り拳を作って応援の声をかけてくれます。癒されます。トムとブラウンは
「まあ、がんば?」
などと言って外へ行ってしまいました。せめて側に居てよー寂しいよー
ハンクが割と器用で手伝ってくれたので助かりました。クラムは孤児院に慣れていないため近くでおとなしくしています。
繕い物をしていましたら礼拝堂の方から声が聞こえてきました。
「兄ちゃん肉は?」
「前の前の時の肉は柔らかくてうまかったぞ!同じ肉持ってきたか?」
「だから俺は肉屋じゃねえって!だが今日は土産を持ってきた。これ持っていってシスター呼んで来い」
マイクが来たようです。どうしましょう。声を聴いたとたんに心拍数があがりました。謎の病気が出たようです。
「どうした?セイラ顔が赤い?」
「セイラお熱でた?」
ハンクとベスに心配されてしまいました。
シスターにお茶を出すよう声をかけられました。湯を沸かし茶の用意をして食堂へ運びます。テーブルにシスターテレサとマイクが向かい合って着席し、マイクの両隣では二人ずつ子どもが座って待っていました。クラムはシスターテレサの隣にいます。私は全員分のお茶を置き焼き菓子を並べます。焼き菓子は村長の奥様からの頂きものです。
「ちょうど焼き菓子があって良かったわ。皆でいただきましょう」
とシスターが子ども達にも声をかけたので皆は行儀よく菓子が配られるのを待っています。
私はシスターテレサの横、クラムとは反対側に並びます。マイクの斜め右側の顔が見えました。『この角度から見てもかっこいい』などと思ってしまいます。心臓が跳ねないよう抑えるのは大変です。
シスターは風の精霊に感謝を捧げてから菓子を配ります。カップのお茶はお客様用のハーブティーです。さっぱりした味わいで焼き菓子に良く合いました。
シスターテレサは私がお茶の用意をしている時間中にマイクと話していたことを掻い摘んで教えてくれました。
マイクは亡くなった仲間であるスミスさんの遺品を彼の故郷まで届けてきたのだそうです。ゼナさんと二人で。その帰り道に猪の魔物を何頭か仕留めたので肉をお裾分けに持ってきてくれたという事でした。
肉の話が出たのでブラウンが目を輝かせています。
「それで、セイラの記憶は少しは戻ったのか?」
マイクがいきなり私に話を振ったので驚いてしまいました。呼吸を整えてから返事をします。
「いえ。私の記憶は加護精霊と一緒に抜けてしまったらしいので加護が戻らないと駄目なようです」
水の女神教会の司祭様に言われたとおりに答えます。
「どうすれば加護が戻るんだ?」
「さあ?戻らないと言われたような気がします」
「そうなのか…」
マイクはガシガシと頭を掻きます。栗色の短髪が少し乱れました。
「じゃあ、シスターテレサとかシスターマリアとかがセイラを可愛がってくれていたことも覚えていないのか?お前は生まれた時から5歳までここで育ったんだぞ。母親が仕事に行っている間だけだったけどな。それでも夜も泊まっていくことがあったし保育所が休みの日でも来てたんだ」
え?…私は此処で生まれて此処で育ったのですか?そんなこと誰からも聞いていないけれど…シスターマリアも?シスターテレサも?…私を育ててくれた人?
「お前が生まれたのはオレが6歳の時。4年間ここで一緒に育った。俺はカンランの教会に移った後でセイラが貴族に引き取られたって話を聞いた」
私は返事も出来ず相槌を打つことも出来ずにマイクの話を聞いています。
「スイバ村で見た時には髪の色とか使える魔法が違うから同じ名前の別人だと思った。顔がそっくりだから聞いてみたい事は色々あったけどな。シスターに言われなきゃオレは未だに別人だと思ってたかもしれない。でもシスターテレサは一目で分かったみたいだぞ」
衝撃でした。
たとえばベスが大人になって久しぶりに修道院に顔を出したとします。その時『初めまして』と挨拶したら私はどんな気持ちになるでしょう。寂しい?悲しい?いいえ。もっと切なく感じることでしょう。わたしはそんな思いをさせてしまっていたのだと理解しました。
大変なことをしていたことが判りました。
王都の教会でシスターマリアが私に親切にしてくれた本当の理由を知らず、シスターテレサがカンランに到着した私を見て泣いたのにさえ戸惑ってしまいました。
大事な人たちの事を少しも覚えていない自分が愚かで悔しくて。大事な人たちとの記憶を失っていることが悲しくて。
失ったものがどれだけ大事だったのか解っていませんでした。
今初めて思い知りました。私は心の拠り所を失っただけではなく係わりのあった人々を悲しませていたのだと。気が付いていませんでした。
「ごめんなさい。シスターテレサ。忘れてしまってごめんなさい。分からなくなってしまってごめんなさい」
涙が止めどなく頬を伝っているのに気が付きました。慌てて両手で顔を押さえましたがそのまま泣きじゃくってしまいました。
「まあ、セイラ。あなたが悪いわけじゃないでしょう?マイク!本当にあなたは。こうなってしまうと思ったから言わないでいたのに…」
シスターテレサが肩を抱き寄せてくれます。
「だって誰かが言わなきゃいつまでも知らないでいるだろう?そういうの良くないぞ」
マイクの少し不貞腐れたような声が聞こえます。
「セイラ叱られたの?」
「何か忘れてたらしいぞ?」
「お菓子もう一個食べて良い?」
「叱られてないよベス。トムとブラウンはちょっと黙れ」
なぜかハンクが大人びた口調でトムとブラウンを諫めています。それを聞いて私も少し落ち着きました。
シスターテレサは子ども達にもう一つずつ菓子を渡しお茶のカップを片付けさせてから遊んで良いと外へ出しました。
その後シスターテレサとマイクから昔の話を聞きました。
私の母はエリザと名乗っていたそうです。妊娠していた母は王都の教会発行の紹介状を持ってカンランへやって来たのだそうです。カンランの教会で働きながら私を産みました。仕事に行っている間は孤児院に私を預け集合住宅で暮らしていたそうです。
父親については分からないという事でした。
五歳の時に火と風の二つの加護を持っていることが分かりました。魔力が膨大にあった為貴族の家に引き取られました。王国では魔力の多い子どもを積極的に貴族の養子に迎えることで管理し育てているのだそうです。
私が貴族の家に引き取られると母のエリザは『実家に帰る』と告げてカンランの街を出ていきました。実家が何処にあるのかは誰も知りません。教会では私の魔力の多さから母も父親も貴族だろうと考えたらしいです。真相は分かりませんが。
話が一区切りついたところでマイクは更に爆弾を落とします
「そういえば誘拐された子を保護したんだって?王都では人身売買があったって新聞に載ったものだから騎士団が派遣されるくらいの騒ぎになったらしいぞ。組合で聞いた話だと王太子が直々に騎士団を指揮してカンランに来るってさ」
え?王太子ってまさかあの金髪ですか!




