ヴィオさん
修道院で働き始めて十日経ちました。
孤児達と一緒に生活する事でそれぞれの性格なども分かってきました。
良いお兄ちゃんになろうと頑張っているトムは元気が良すぎていじめっ子と勘違いされやすいです。乱暴な口調を改めればそれだけで良いお兄ちゃんなのに。六歳で雷の神の加護があります。黒髪に茶色の瞳。魔力は少なめです。
ハンクはごくごく大人しい子です。気が付くと後ろにいてびっくりします。ベスの面倒をよく見てくれる優しい子。五歳で黒髪黒目。土の精霊の加護があり魔力は微少です。
ブラウンは料理に興味と拘りがあるらしく台所にやって来ては口を出します。今のところ背丈が足りなくて竈の上まで手が届きませんしフライパンを持ち上げる筋力もないので無理ですが、もう少し大きくなったら料理をしてもらいたいです。茶色の髪に黒い瞳。四歳です。
茶色のくせ毛が可愛いベスは三日に一度くらいおねしょをしてしまいます。まだ三歳なので仕方ありません。オムツ装備が標準くらいの年齢ですからね。むしろ寝る時にオムツをした方が良いのではと思って勧めてみましたが本人が嫌がるので止めました。毎日朝晩洗浄しているので清潔ですし。
王国の子どもの就学年齢は10歳から15歳です。学校は国や領主などによって運営されており授業料、授業内容は学校によって様々です。学校に通うのは任意なので7歳くらいから職人の元で修行したり商家に住み込んで働く子もいます。学校を卒業してもしなくても15歳で成人とみなされます。カンランの学校は商工組合の役員が講師を務めている影響で読み書き暗算や帳簿の書き方なども教えています。そのため商家で働いている子の多くが通っているそうです。
孤児院で預かっているのは就学前の子です。修道院では就学前の孤児や村の子に簡単な読み書き計算を教えています。早くから文字を覚えようと通ってくる子も多くいます。通いの場合『寄進』という形での保育料兼授業料がかかります。一人に付き年間金貨一枚はいただきたいというのが修道院の本音です。余裕のありそうな家庭にはそのままの金額をお願いしています。『寄進』は保護者の労働という形で支払ってもらうことも可能です。孤児院での食事の支度、畑や鶏の世話、庭の草むしり、施設や備品の修理などをお願いしています。お金や労働の代わりに衣類や作物、食料で『寄進』してもらう場合もあります。
孤児院で暮らせるのは10歳までです。大抵の子は10歳になったらカンランの教会に移ります。下働きをしなければなりませんが15歳まで学校に通うための授業料は教会が負担してくれます。
クラムが孤児院にやってきました。迷子になって村の柵の近くにいたという女児です。小鬼感染の警戒をしなければならない期間はカンランの教会が所有する施設に入っていました。施設にいる間に聞き取り調査などが行われ、その後調査票と一緒に孤児院に預けられました。小鬼の感染はありませんでした。母親の名前はフラム。それ以外の家族情報は不明です。
荷馬車に乗って旅をしていた。旅をしていた期間については不明。何処から来たのかも不明。森の中でトイレを済ませるように言われ他の子達と一緒に荷台から降ろされた。馬車に戻ろうとしたが場所が分からなくなってしまった。仲間を探して歩いていたら村に着いていた。と調査票には記載されていました。
クラムの肩にある焼き印は人買いが押すものだそうです。王国では人身売買が禁止されているのでカンランの自警団が調査をし王都に報告すると聞いています。
やせ細っていたクラムの体は保護されてから少し肉が付きました。薄茶色の髪がふわふわしています。瞳は猛禽類のような黄色。教会で加護を調べたところ雷の神の加護を得ていました。魔力は多少有るとのこと。年齢は不明です。教会で加護が見えるようになるのは5歳頃からなのでおそらく5歳だろうとされました。体格は五歳児の標準より小さめですが。
私も記憶を失って当初は名前も年齢も分かりませんでしたからクラムには親近感が湧いてしまいます。まあ、クラムは自分と母親の名前を知っていたので記憶喪失ではありませんけどね。
魔力の有る子には教会に就職するよう指導しなさいとカンランの教会から求められています。
「トムが少なめ、クラムは多少でも魔力が有ると分かったものだからカンランの教会は司祭候補として育てたいって言っているの。でも子ども達の将来は自分の意思で決めさせたいわ」
シスターテレサはカンラン教会の求めを快く思っていません。
「雷の加護持ちは魔力が少なくても司祭が使う魔法を覚えやすいって言われているの。でもね魔力の少ない者が術を使えるようになるまで修行するのは言われているほど楽じゃないのよ。直ぐに魔力が切れてしまうもの。甘い言葉で勧誘して厳しい修行をさせるような真似は良くないと思うの」
と零していました。彼女も若いころは司祭を目指し厳しい修行をしたと言います。加護を調べる術を覚えれば司祭の職に就けるのだと必死に練習したそうです。
「死にそうになるほど繰り返し魔力切れを起こして叱られて。無茶をしたものだわ。それなのに結局覚えることが出来なかったの」
と、遠い目をしながら話してくれました。
子ども達の将来を自分の意思で決めさせたいという意見には賛成です。結果はどうあれ成りたいという意思があるから厳しい修行に挑めるのですもの。
シスターテレサは司祭に成れなかったと言いますが修道院の院長になっているのですから厳しい修行も無駄じゃなかったのだと思います。
ヴィオさんが来ました。沢山の服を仕入れて来たのだとか。許可を取って修道院の庭先に荷物を広げています。
「ヴィオさんいらっしゃい。ひょっとしてコレって王都で流行りの服ですか?素敵な服!寄付ですか?沢山の服をありがとう。孤児院と私への寄付ですよね?」
と期待を込めて言ってみました
「セイラ、私は商人よ。慈善事業じゃないの商売なの。さあ好きなだけ買いなさい。安くしておくわ。子ども達の分まで買っていいのよ」
と言われてしまいました。
「イヤイヤ、私まだ給料もらっていませんからね。お金ありませんよ」
と抵抗を試みます。
「教会の給料日は月末って決まっているでしょ。見習いの給料の相場は年間金貨6枚程度。給料の支払い日が月末だから年6回支払日があって一回当たり金貨1枚払われるの。そこから税金や食費を差し引かれていたとしても銀貨90枚くらいは手取りで貰えるのよ」
「どうやって私がもらえる給料の金額を把握したんですか?商人怖い!」
「このあたりには買い物に行く場所もないし子どもの世話をしていたら街に出る暇もないでしょう?着替えが無くて不自由してるんじゃないの?だから私が来たのよ」
「どうして着替えの事情まで知ってるんですか!」
恥ずかしい話ですが私は今日までダース商会で用意してもらった丈夫な旅の服一着だけで過ごしてきました。毎日洗浄しているから清潔ですけど着替えが欲しかったのは事実です。
「支払いは次に来た時集金するからその時に払えばいいわ。コレなんて素敵でしょ?着て見なさいよ。気に入ったら全部買ってもいいのよ」
「ええ!でも…あっコレ可愛い服ですね。ちょっとだけ着てみていいですか?」
結局ヴィオさんの口車に乗せられてとっかえひっかえ試着させられました。
散々迷った挙句、晴れ着用に青いワンピースを一着。普段着用のブラウス2枚とスカート2枚を買いました。ちょっと可愛い下着も買いました。
「あら?まだ現金を持っていたの。今日払えるなら利息分もまけてあげる。まいどあり」
銀貨30枚を支払いました。
ダース商会から手に入れたお金のうち金貨4枚程が残っていましたから。手持ちをヴィオさんに話せばどれだけ買わされるか判らないので黙っていますけど。
何はともあれ着替えの服が手に入ったのは嬉しいです、ヴィオさんに来てもらえて助かりました。
庭先でお店を開いていたので村のおかみさん達が興味津々で集まってきました。
私の知り合いだと話したところ信用できる商人だと思ってくれたらしく財布のひもを緩めてくれました。
人が集まって来るに連れおかみさん達の服を吟味する目の色が変わっていきます。ちょっとした騒ぎになってしまいました。
王都で流行りの服ですから晴れ着用に欲しいですものね。
「欲しい商品が有ったら遠慮なく言ってくださいね。こちらには定期的に来ますのでご贔屓に」
売れ行きが好調だったヴィオさんは良い得意先が出来たとほくほく顔で帰っていきました。




