執務室
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会議が終わり王太子は王の執務室へ向かった。
先に会議室を出ていた国王は既に書類仕事に没頭していた。王太子は執務机の前に進み頭を下げる。
「時間を頂きありがとうございます」
国王は黄色の瞳でチラッと息子を見たが手を休めずに声をかけた。
「長椅子に掛けなさい。そちらで話そう」
書き上げた書類を侍従に渡し人払いするよう促す。
侍従は礼をして退出した。王は扉がきちんと閉まったのを確認してから席を移す。多少白髪が混じっているが豊かな金色の髪と髭。ライオンのような容姿だ。息子の正面に座る。
《さて、元妃候補の話だったか?》
頭の中に直接声が届いた感覚に王太子は慌てている。王は微笑んだ。
《魔法を使っているだけだ。落ち着きなさい。声に出して返事を》
「はい」
《よろしい。今度は声に出さず頭の中だけで》
王太子は一瞬目を見開いたが直ぐに頭の中で言葉を組み立て始めた。
《ええと、頭の中で話すというのはこんな風にすればよいのでしょうか?》
《結構。受信できている。そういえば其方にコレを初めて教えたか?これは雷の神の加護を持つもの同士で使う魔法だ。内密の話をするときには便利なものだ》
《なるほど。ご教授ありがとうございます》
《この魔法は帝国に嫁した我が姉が編み出したもの。姉が余に教え余は其方に教えた。他に此の魔法を知る者はいないと思う》
《貴重な魔法を教えていただきありがとうございます》
《さて、話は元妃候補の裁判記録の件であったか?》
本題に入ったので王太子は居住まいを正した。
《はい。セイラ嬢を裁き、讒訴の罪で処罰したのは陛下ですか?》
《そうだ》
「どうしてそのような!」
王があまりにもあっさりと認めた為王太子は驚きの声を上げた。
《声に出ておるぞ。王家の秘密に触れる案件なのだ。声に出してはならぬ》
王太子はゆっくり息を吐き出した。再び言葉を頭の中で組み立てる。
《王家の秘密ですか?》
《そうだ。『政に係わるものは不確かな存在に耳を傾けるべきではない』という言葉を聞いたことがあるか?》
《はい。水の女神教会のレオニ司祭から聞きました》
《何代も前の王の失態をいまだ教会は忘れておらぬ。腹立たしいことだ》
《何がまずいのですか?》
《そもそもは何代も前の王が加護精霊の言葉を神託だと思い込み政治利用して失敗した事から始まる。同じ失敗をしないための戒めだ。加護精霊は加護する人物の安全にしか関心がない。人の社会も政治にも興味を持たない。王がそれを理解すれば良いのであって精霊の声を聴く者を王族から排除するのは誤っている。魔力を多く持つ者は精霊の声が聴こえ見えてしまう。声が聞こえるという理由だけで魔力を多く持つ者を王家から追い出し続けた結果、王族の魔力は弱ってしまった。魔力が強く多いものほど力を持つというのに。先々代の時代には王族の力が弱まり統率力も落ちた。結果、国が滅びる程の危機に陥った》
《それは…》
《亡国を回避した先代の王は魔力を多く持つ妃を選び魔力の多い子を後継者に定めた。余は精霊が見える》
「え?父上?」
《声を出してはならぬ。これは機密事項だ。先代の王と余の姉。そして其方しか知らぬ》
国王はそこまで話すと遥か彼方を見つめた。そして昔語りを始める。
《余の姉は十歳の時に帝国に赴いた。姉も魔力が多く精霊が見えていた。それを両親以外の者に知られてしまったのだ。王族の魔力が弱まると国が傾くのだと父は議会に対し訴えた。だが議会は承知しなかった。そもそも王族の力が弱ったから議会制が取り入れられたのだからな。議会は王族の力を強めようとは思わんのだろう。姉が国内に留まることが国を傾けるとされ人質扱いで帝国に送られた。父王は余が精霊を見ているという事実を隠した。姉は余に誓わせた。決して誰にも話してはならぬと。国から出されてしまうからと。
十歳で人質となった姉だが今では帝の妃の一人に収まっている。姉と余は帝都と王都ほどの距離があってもこの魔法で話ができる。そのため余は姉から帝国の情報を得ることが出来ている。この件は秘密だ。決して漏らしてはならぬよ。
さて、前置きが長くなったがセイラの話をしよう。アレは姉の侍女の娘だ。姉が帝国に赴く時に同行した侍女の子だ。
今から17年ほど前。姉から連絡が来た。
《侍女が身ごもった。宮廷内で産むと侍女も子も殺されてしまう。王国に帰すから匿って欲しい》とな。
侍女を商人のキャラバンに紛れ込ませて王国に連れ帰りカンランの修道院に隠した。当時のカンランは治安が悪かったが人を隠すのに都合が良かった。侍女は無事に女児を産み、修道院の世話になりながら子を育てた。
侍女は貴族の生まれだが子は平民として育てたいと希望していた。帝国の宮廷でよほどの目に遭ったのかもしれぬ。子の存在を帝国に知られたら殺されてしまうと怖がっていた。誰が父親なのか語らなかったが娘の髪色は帝と同じ緋色だった。娘の加護を五歳の時に確かめた。火と風の二つも授かっていた。そのうえ途方もない大きさの魔力を有していた。
あの大きさの魔力で平民として暮らしたら目立ちすぎる。娘を養子に欲しがる貴族が必ず現れるだろう。下手な貴族に育てられ娘を帝国に知られるのはまずい。
ちょうどパトリック子爵が老衰で亡くなった。妻も子もなく爵位を返納させる予定であったから利用することにした。ドルマンという架空の男に子爵を継がせセイラを養女として入れてしまった。ドルマン役は余が行っていたが養父としてセイラと会ったことは一度もない。だからセイラは養父の顔を知らない。子爵の屋敷は小さなものだったから使用人は執事一人とメイド一人で足りた。執事もメイドも余が用意した。余は手紙のやり取りだけでパトリック子爵を演じていた。使用人から見ても不審だったと思う。それでも良く働いてくれた。監視からの報告でも裏表のない使用人だった。
セイラを学園に通わせ離宮に置いたのは顔を世間に知らせないためだ。
そこからは其方も知っているであろう。10歳で王立学園に入学。15歳で主席卒業。妃候補に選ばれ小火騒ぎをきっかけに脱落した》
《その説明では肝心のところが解りません。なぜ罪を被せ追い払ったのですか?》
《火の神の加護が非常に不安定だった。学園時代にも指摘されていたことだ。魔力のコントロールを覚えることで一旦は安定した。ところが離宮に来てから加護精霊が暴走を起こすようになった。
彼女は加護精霊に暴走を止めさせようと諭したり訴えたりしていたようだ。誤りを犯したかつての王のように精霊と会話できると思ったらしい。精霊というものは人の話など聞かないというのに。加護精霊の暴走を抑える方法は己の精神を平穏に保つことと魔力を精密にコントロールすることだけだ。精霊に訴えたところでどうにもならない。
妃候補として離宮に置いたのが悪かったのかもしれん。悪意でも向けてきた他の妃候補を加護精霊が敵と認識したのかもしれない。結果、精霊は暴走し小火が起きた。再び小火をを起こすなら余自らセイラを手に掛け殺そうと思っていた。加護の対象となっている人が死ねば加護精霊は力を失うのだから。姉に頼まれセイラを育てたが余はこの国を守らねばならぬ。城を燃やすわけにもいかぬ。跡継ぎである其方を次期王として育てねばならぬ。其方がセイラに向かって怒りを顕わにした時には冷や汗が出た。セイラの加護精霊が其方を敵認定したなら燃やされても不思議はないからの。
彼女は素直に拘束され地下牢に向かってくれた。どれだけほっとしたことか。
地下牢に置き様子をみていたが、火の神の加護との繋がりが完全に切れていることに気が付いた。加護が抜けたことで容姿が変化していたのだ。発火が起こらないと確認できたから城から出した。赤い髪を持たなければ帝国の血を引いていることもバレまい。加護精霊が抜けてしまえば魔法も使えないはずだった。実際地下牢では魔力が弱っていたと報告されている。貴族にしておく必要が無くなったと判断した。侍女であった母親が希望している平民に戻せる。平民に戻す為に罪を被せて王都から出した。前科持ちは貴族の養子になれないからな。
現在は教会に保護されている。監視からの報告で水の女神の加護を得たとあったのは驚いたが》
「しかし、それでは…セイラの意思は…」
王太子は慌てて口を閉じる。考えがまとまらなくてそれ以上言葉を組み立てることが出来なかった。
《余は姉から頼まれたから匿っていただけだ。元妃候補に未練があるならば其方自身で何とかするが良い》
王はそこで会話を止め仕事を片付けるため執務机に戻った。




