修道院
「私は商工組合へ行くわね。盗られた荷物のことで手続きがあるから」
そう言ってヴィオさんは馬車から離れました。
「セイラは修道院で暮らすのでしょう?落ち着いた頃に会いに行くわ」
と別れ際に約束してくれました。馬車で初めて乗り合わせた時はコミュニケーション不要オーラ全開のクールな女性でしたが、十日間も一緒に暮らしてみるとなかなか人情味のある人でした。
私は馬車に乗ったまま修道院まで送ってもらいました。
修道院はカンランの街の西側にあるそうです。馬車は貧しい地区に入り更に先へと進みます。石壁の破れている場所を通り過ぎます。
あれ?この石壁って街を囲んでいる壁ではないですか?壁から外に出ていますよね?修道院は街の外なんですかね?
不思議に思ってゼナさんに聞いてみましたら、代わりにマイクさんが答えてくれました。
「修道院はカンランのすぐ隣にある農村の中にあったんだ。クロム男爵領の都カンランは先代の領主の時に荒れてな。増えたスラムの住人が壁の破れた所から外側に居住地を広げたんだよ。勝手に開墾して食い物を栽培したんだ。開墾地が広がって元は隣村だった場所まで地続きに繋がっちまったのさ。そんなわけで昔の村のあった所までが今のカンランの街になってる」
なるほど。説明ありがとうございます。マイクさんの顔を見ると心臓が躍り赤面する病気になってしまったので視線を下に向けたまま話を聞いてお礼を言いました。早く病気を治したいです。
修道院は木造の簡素な建物でした。屋根の尖った建物が一つあってそこが礼拝堂なのでしょう。軒下の壁面に宝珠が描かれています。風の精霊の宝珠のようです。別棟で平屋の建物が並んでいました。
周辺には作物を育てている畑があり、その向こう側では鶏が鳴いています。自給自足っぽい雰囲気です。子どもの声も聞こえてきます。
低い木の柵がありますがそれは修道院だけを囲んでいるのではなく、村全体を囲っているのでしょう。木造平屋の建物が何軒か見えます。村には果樹らしい花をつけた木が何本もありました。
柵の周辺にはノヂシャが小さな白い花を咲かせて風に揺れています。あれ?ノビル村でもこの花を見つけて懐かしい気持ちになったのでした。
「ああ、セイラって昔からその花好きだよな」
マイクさんが爆弾を投下して、さっさと修道院に入っていきます。
「あんたたちって昔からの知り合いなの?」
ゼナさんに聞かれましたが、知りませんよ!っていうか覚えていません。
マイクさんどういうことですか?
修道院の中に入るとマイクさんは数人の子ども達に囲まれています
「兄ちゃん肉は?」
「今日も肉持ってきてくれた?」
「こないだの肉美味かった!今日も肉ある?」
子どもたちは口々に肉、肉、と騒ぎます
「オレは肉屋じゃねえ!誰かシスター呼んで来いよ」
言われて一人の子が礼拝堂の奥へと駆け込んでいきました。
程なくして奥から小柄な老齢のシスターが現れました。
「ありがとうマイク。そしてゼナさんでしたか?お疲れさまでした。よろしければお茶でもいかが?」
シスターはマイクさん、ゼナさんと軽く挨拶をします。
「いや、早めに組合へ報告したいので」
「そうですか、ではこれを。用事が済んだらいつでもいらっしゃいね」
シスターは書類を渡しマイクさんは軽く礼をして礼拝堂から出ていきました。ゼナさんは私に手を振ってくれました。私も手を振り返します。
シスターは私に向き直ります。
「ああ、セイラ。無事でよかった。おかえりなさい。セイラ」
目に涙を浮かべながら近づいて来て私の両手を取ります。
えっと、シスターに喜んでもらえて嬉しいのですが。涙をこぼしながら喜んでくれているので困ってしまいました。とにかく挨拶をしなければ。
「到着が遅くなってすみませんでした。こちらで働かせていただきたくて参りました。セイラです。よろしくお願いします」
取られていた手をやんわり解いてお辞儀をします。それからカバンの中から紹介状を取り出して差し出しました。やっと紹介状を渡せます。筒状に巻かれ封蝋で止められていた紹介状でしたが、カバンの中で皺になり下着の中に仕舞うため小さく折りたたみました。今では見る影もなくよれよれです。シスターは紹介状を受け取ると残っていた封蝋をはがし中を改めました。
「確かに受け取りました。そうね、セイラは記憶を失くしていたのだったわね。司祭様から頂いた手紙にも書いてあったのに。ごめんなさいね年を取ると涙もろくなって」
シスターは涙をハンカチで拭うとにっこり笑いました。深く刻まれた皺が笑顔の形に変わります。
その後興味津々で集まってきた子どもたちに紹介されました。孤児院で暮らす子ども達と昼間だけ預かっている子ども達がいました。どうやらここは孤児院兼託児所のようです。私の仕事は子ども達の世話をしたり勉強を教えたりすることだそうです。
空き部屋を一つ個室としていただきました。木製のベッドと机。作り付けのクローゼットがありました。今のところ仕舞う服がありません。被っていたストールでも入れておきましょう。
その後施設内をざっくり案内してもらっていると夕食の時間になりました。
調理は村のおかみさん達が交代で担当しているそうです。
「やった!今日はヘレンおばさんだ」
「良かったぁ今日は当たりの日だね」
「昨日ははずれだったね」
「だよねヘラおばさんは塩入れ忘れるよね。野菜の水煮って普通は塩も入るよね?」
などと奥様方の料理の腕を批評しています。こういう時って注意するの?叱るの?あとでシスターに確認してみましょう。
当たりだという夕食を美味しくいただきました。野菜の煮物中心の簡素な食事です。多少の物足りなさを感じる量でした。もしかすると私の食事は準備されてなかったのかもしれません。お詫びと荷物整理を兼ねて堅パンを食卓に出しました。スイバ村で手に入れた保存食です。味はそこそこですがお腹に溜まります。子ども達が喜んでいたのでよかったです。
そんなふうに顔合わせを済ませました。明日から仕事です。
子どもたちが眠ってからシスターマリアに手紙を書きました。
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王都商業区水の女神教会 シスターマリア様
木々が芽吹き初夏の花が咲く季節です、お変わりなくいらっしゃいますでしょうか。行き場のない私の身の上を案じてくださり、身分証や紹介状までもお手配いただき、ありがとうございました。
さてカンランの修道院に向かうべく予定通りの馬車に乗ることが出来ましたが、盗賊に攫われるという不幸に見舞われてしまいました。幸い同行の護衛の女性に助けられアーゲット領内で保護していただきました。アーゲット領では遭難者の扱いであった為スイバ村に十日ほど隔離されました。乗合馬車や商人の行き来が不自由な村での滞在であったため連絡が出来ず心配をおかけしてしまいました。申し訳ありません。
無事にカンランの修道院に到着いたしました。ようやくこちらで働くことが出来ます。修道院の皆様には歓迎していただき大変うれしく思っています。
末筆となりましたが健康とご活躍を祈ります。教会の皆さまにもよろしくお伝えください。
カンラン修道院見習職員 セイラ




