野営
誤字報告ありがとうございます訂正しました<(_ _)>5/29
野営です。キャンプです。外でお泊りです。なんだか気持ちが弾んでいます。十日間も小屋の中に閉じこもっていた反動でしょうか?空の真下で夜を明かすのが楽しみで仕方ありません。
つい最近遭難し小鬼と戯れながら一人で夜を明かしましたが、今夜は小鬼に怯えなくて良いのです。準備万端整えてあります。魔物除けを焚き護衛が二人も付いてます。なんて贅沢なのだろうと感謝で震えてしまいます。
街道脇の踏み固められた空き地で泊まります。旅人が夜を明かすのに利用する場所の一つだということです。そこでは繰り返し魔物除けが焚かれるので魔物が近づきにくくなっているということです。
日が沈む前に場所の確保を済ませました。今夜は私たちの他に旅人はいません。食事はパンとヴィオさん特製のスープです。スイバ村の旬の野菜と塩漬肉が使われています。塩漬肉は牛の魔物だそうです。口の中でホロホロ崩れる柔らかいお肉です。とても美味しかったです。
食器の洗浄はゼナさんがちゃちゃっと終わらせてくれました。
「食器は自然に乾くから大丈夫」
と言うので乾燥の魔法は使いませんでした。
その後はたき火を囲んでのくつろぎタイムです。パチパチと爆ぜる薪の音や煙の臭い。暗闇の中にオレンジ色の炎が揺れています。眺めているだけでも楽しいです。
もっとも、寛いでいるのは私とヴィオさんだけですが。マイクさんとゼナさんは警戒を怠っていません。しゃべっていても辺りの様子を伺っています。
あたりが真っ暗になり加護精霊が二体姿を現しました。《フワー》《スイー》と周囲を飛び回っています。ゼナさんの顔の前を横切っていますが彼女はそれを目で追ったりしません。ヴィオさんの頭の上やマイクさんの周囲を飛び回っても誰も気にしていません。私以外には見えていないようです。
不思議なことにスイバ村では精霊の姿を見ませんでした。
魔物除けの効果で小鬼どもが来ないからでしょう精霊たちはのんびりしています。おかげで私も寛いでいられます。
寝る前に一日の汚れをさっぱりさせようと皆に洗浄の魔法をかけました。女性陣は素直に喜んでくれました。でもマイクさんは
「え?オレはいいよ。仕事中に汚れるのは当たり前だから」
などと遠慮しています。
でもね、一人だけ汚れているのは良くないですよ?たいした手間でもないですし。
《あらあら不思議。ゼナ《あらあら不思議。ヴィオ《あらあら不思議。マイク《あらあら不思議。体の中から水が湧き出して体や服についていた汚れと一緒にバシャンと床に落っこちました。そしてたちまち乾いてしまいました》》》》
精霊は賑やかに周囲を飛び回り呪文(?)が輪唱になって聞こえます。マイクさんに洗浄をかけた時、驚いたような顔をしてピクリと体を震わせていました。水が冷たかったのでしょうか?直ぐに乾かしたから大丈夫ですよね?
埃を落としさっぱりしたのでヴィオさんが馬車の荷台に潜り込んでいきます。今夜の寝床はシートを被せた荷台です。
「交代の時間になったら起きるから」
ゼナさんもそう言って荷台に消えていきました。マイクさんは最初の見張り番をするそうです。休む時も荷台ではなく毛布にくるまって地面で寝ると言っていました。男の人に狭い荷台に混ざって寝たいと言われても困るのですが一人だけ地面に寝かせて申し訳なく思います。
「セイラ、ちょっと話がある」
私も荷台へ行こうとするとマイクさんに呼び止められました。何でしょう?
「さっき洗浄をかけてもらった時に気が付いたんだ。独特な魔法の感触だったからな。盗賊に切り裂かれた傷を治したのセイラだろ?ありがとう。おかげで死なずに済んだ」
たき火がマイクさんの横顔を照らします。今までじっくり眺めたことはなかったですがマイクさんって整った顔立ちをしているのですね。揺らめく炎を背景にしながら話をしているせいでしょうか。ときめいてしまいそうです。ってそんなことを思っている場合じゃないですね。返事をしなければ。
「あの時は無我夢中だったので見様見真似の治療魔法を考えもなく使っちゃいました。後になってから怖くなりました。お婆さんが盗賊の頭だったのがショックで余裕もなくて。でも魔法が効いたみたいでよかったです」
「あの時傷を塞いでもらわなきゃオレ死んでたよ。それにしてもなぁあのババアには散々な目に遭わされた!」
マイクさんは笑いました。その笑顔イケてます。たき火に照らされたまつ毛が長いですね。ちょっと羨ましいかもしれません。
「セイラはオレの命の恩人だ。ほんとにありがとう。それでな、一つ頼みがあるんだが」
笑い顔をふいっと消しました。まじめな表情に変わります。
「どうだろうセイラ。冒険者になってオレ達と組まないか?昼間の小鬼を切り裂いた魔法だけでも大したものだ。セイラは戦力になる」
「ありがたいですね。そう言ってもらえるのは。実際今日はワクワクして楽しかったです」
「なら組んでくれるか?」
「いえそれが。カンランの修道院で働くつもりなので」
「止めることはできないのか?」
申し出では本当にありがたいと思います。でも
「行先のない私の身を案じてくれたシスターが司祭様にお願いしてくれたのです。それを私の勝手で無かった事には出来ません」
教会で渡された身分証の職業欄には「見習い教会職員」とありました。シスターと司祭様は記憶も住む場所も生きる術も失くした私に仕事と居場所をくださったのです。そして私が何者であったのか思い出せるように手がかりをくれました。あの朝涙が零れたのは温かさと思いやりの心に触れたからです。
「そっかぁ。職場が決まってちゃしょうがないかぁ」
どうやら納得してもらえました。マイクさんも良い人です。
「務めた後でもいいからさ気が変わったら教えてくれ。いつでも歓迎するぜ」
「ありがとうございます。それではおやすみなさい」
お礼を言って荷台に乗り込みました。
頬が火照っています。たき火が熱かった為でしょうか。
横になりました。目を瞑ったとたん、マイクさんの体に触れた時の感触を思い出してしまいました。傷を塞ごうとしたあの時です。治療をしていた時には触れていることなど全く気になりませんでした。それなのに今になって何故か思い出してしまったのです。微かな息。冷たい皮膚。動いていた心臓の音。指の先で触れただけなのに分かってしまった…鍛え上げられた胸板。
どうしましょう?恥ずかしくなりました。心臓が煩いほど音を立てています。顔が更に火照ります。暑くてたまらなくなりました。
荷台の上で意味もなく手をバタバタさせてしまいヴィオさんに「うるさい」と怒られました。




