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カンランへ

「陛下、お尋ねしたいことがあります」

「今か?」

 会議場へ続く王族専用の廊下で国王に声をかけたのは王太子だった。


「相談をしたいと侍従を通して申し上げておりましたが時間を頂けませんでしたので」

「ふむ、歩きながらで良いか?」

「はい」

「して、用件とは?」

「家名を剥奪された子爵令嬢の件でございます」


 国王は歩みを止め王太子をじっと見た。


「脱落した妃候補に未練があったか?」


 王太子は頬をわずかに染めたが生真面目な態度を崩さずに返答する。

「彼女の罪状と裁判記録に疑問があります」


 王は再び廊下を歩きだす


「ならば会議が終わった後に時間を作ろう。執務室に参るが良い」

「ありがとうございます」


 礼をした王太子は踵を返し会議場へ入っていく。王は王太子が居なくなった廊下に佇みそっと微笑んだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 出発の朝、日の出とともに起きだして準備は万端オッケーです。荷物を抱え小屋から出ました。柵の扉を守っていたおじさんがニコニコ笑顔で迎えてくれます。

 扉の外では護衛のマイクさんが荷車型の馬車を準備して待っています。私たちは荷物を馬車に積み込みました。ちなみに馬車はレンタルだそうです。


 積み込みが終わった頃には村人が馬車周辺に集まり口々に別れの言葉をかけてくれました。食事を運んでくれた娘さん。扉を交代で見張っていたおじさんたち。柵の向こう側から石を投げてきた子ども。…子どもってそういう危険な悪戯しますよね?…子どもを叱っていたおかみさん達。そしてお医者様。


「遭難したら又おいで」

とか言ってます。嫌ですってば。


「お世話になりました」

 と挨拶して荷馬車に乗り込み出発しました。昨日はお医者様にいろいろなことを伺いました。思いがけない知識を頂けてありがたかったです。脳が処理しきれなくてしばらく固まっていましたが。


 荷車は乗用型の馬車よりも開放的です。天井も窓も座席もありませんからね。荷台で揺られているとお尻や足が痛いので毛布を畳んでその上に座りました。幌がないので雨が降ったら荷台にシートを被せるそうです。今日は晴れていて良かったです。日差しを避けるため私はストールを巻きつけます。ヴィオさんは素敵な日除け帽を被っています。いつの間に手に入れたのかしら?


 マイクさんが御者をしながら前方を警戒しゼナさんが後方を警戒しています。スイバ村からカンランまでは森を抜けることのできる騎士や冒険者だと一日かからない距離だそうです。私たちは森を迂回する街道に沿って進みます。こちらを行くと馬車で二日かかります。途中で野宿することになりますがそれでも森を歩くよりは安全ということでこちらのルートを選びました。


 街道は森からだいぶ離れた位置にあります。森と道の間は背の低い草地になっていて視界を遮るものはありません。魔物が街道を行く人を狙って出て来ても街道にたどり着くまでには迎撃の準備ができるでしょう。


 森の中には…いますね。小鬼。群れではないようですが数匹、こちらの様子を伺っています。


 マイクさんは気が付いて警戒しているようです。ヴィオさんとゼナさんはのんきそうにおしゃべりしています。ゼナさんしっかり見張ってください。


 私の加護精霊たちが小鬼に対して過敏に反応しています。精霊の姿は見えませんが警戒しながら飛び回っている気配がします。精霊が小鬼を発見するとそれが私に伝わって来るのです。


 あ!一匹森から飛び出してきました。


《風の刃がスパッと小鬼の首を切り裂きます》

小鬼を目視するのと同時に精霊の声が聞こえました。


「すげえな!あれだけ距離があるのに魔法が届いて命中したぞ!」

「あたしが見つけたのと同時に倒してるじゃない」

マイクさんとゼナさんがほぼ同時に言いました。ヴィオさんは何があったのか分からない様子でマイクさんとゼナさんの顔を交互に見ています。


「小鬼では怖い思いをしましたからね。奴らの気持ち悪い気配に敏感になっちゃいました」

そう答えるとゼナさんが申し訳なさそうに私に手を合わせてきました。

「いえいえ山で一晩過ごしたのはゼナさんのせいじゃないです」



 一匹やっつけると他の小鬼は警戒し動きを止めました。森の奥へ引き返した個体もいるようです。


「追って来ないようだな。しばらくは大丈夫だろう」

マイクさんも小鬼の動きが判っているらしくそう言いました。


「死体はあのままで良いのでしょうか?」

気になって尋ねます。

「本来は焼き捨てなきゃいけないんだけどな。今は仕方ない。先に進もう」

とマイクさんが教えてくれました。そうですか焼き捨てるのが本来のやり方なのですね。私は山の中で何匹も沢へ流しましたけど、良くなかったかな?


「小鬼から小鬼は発生しないのよ不思議なことに。死体が苗床になることもないの。魔物の死体は他の魔物の餌になるのよ。餌が豊富だと結局魔物が増えるから死体の放置は良くないんだ。でもここの森はアーゲット領騎士団の訓練に使われてるから増えすぎることはないと思う」

「だな。むしろ魔物が絶滅するんじゃないかっていうくらい仕留めてるよな」

ゼナさんの説明にマイクさんが笑って付け加えました。


「マイクもゼナも騎士団の事なのに詳しいのね」

ヴィオさんが問いかけます

「駆け出しの頃、訓練に参加させてもらったからな。組合(ギルド)で訓練費出してくれるんだ。実質食費だけで騎士団の訓練に参加できるんだぜ。このあたりの駆け出し冒険者はたいてい参加するぞ」


 なるほど。それで騎士団キャンプの位置をゼナさんが知っていたのですね。


 その後は魔物に襲われることもなく平穏に馬車を走らせました。馬を休ませるための休憩時間もたっぷりあったので馬車酔いもせず快適でした。


 日が暮れる前に野営地を決め夜の備えを始めます。旅人は皆似たような場所で野営するらしく近くにたき火の跡がいくつかありました。


 マイクさんは周囲に魔物除けを設置しています。ヴィオさんはたき火と食事の支度。ゼナさんは荷車にシートをかぶせ寝床を作っています。


 私はスコップ片手に草地をうろついています。トイレ穴を掘って来いと言われたのです。地面は雑草が根を張っていて堅いです。スコップがうまく刺さりません。先人が掘り返して埋め戻した跡があり柔らかそうですが掘れば中身が出てきそうだから同じ場所を掘るのは嫌です。草地にスコップを何度か突き立てた後、ふと閃きました。


《風の刃がスパッと地面を切り裂きます》

 魔法で切り裂いてみました。あまりうまくいきませんね、地面に傷跡が付いただけでした。


ならこうしたらどうだろう

《風がグルグル渦巻いて地面の土を吸い上げます。いらない土は落とします》

小さな竜巻を起こしてみました。かなりの集中力が必要です。コントロールも難しいですね。すこしずつ地面を削り竜巻で巻き上げた土は脇に落とします。何度も繰り返し少しずつ深い穴を掘っていきました。


「手伝いに来たけどいらないようね。あんた器用だわ」

ゼナさんが様子を見に来て褒めてくれました。えへへ、照れちゃいます。

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