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記憶持ち

誤字報告ありがとうございます訂正しました<(_ _)>5/29

 サンダルでの山歩きに懲りたのでスイバ村の娘さんからブーツを買いました。ブーツは娘さんが数年前に行商人から買った品で数回しか履いていないけれどサイズが合わなくなったものだとか。私の足に丁度良いサイズだったので買い求めました。『中古なのに新品と同じ値段よ。もっと値切らなきゃだめ』とヴィオさんに注意されました。結局値切ることができなくて言い値で買ってしまいました。銀貨四枚です。


 娘さんは隔離小屋まで毎日食事を運ぶ仕事をしています。彼女は食事の他にも私たちに必要な物を届けてくれます。

 ヴィオさんが生理用品を頼んでいたので私も真似して頼みました。値段は銅貨50枚程度でした。使い方が分からなくて娘さんに尋ねたら


「あんたいい年なのに何で知らないのよ!」


と言って逃げて行ってしまいました。恥ずかしかったのでしょうか?だって覚えていないんだから分からないもの…いい年って言われてしまいました…


 使い方はヴィオさんに教えてもらいました。紐パン風の肌着に乾燥スライムの粉末を詰めたシートを設置して吸収させるのだとか。きっとおむつや簡易トイレにもスライム粉末は使われているはず。スライムって食べて良し使って良しの万能素材なのですね!




 隔離の最終日になりました。明日の朝には出発できます。私は村のお医者様と二人隔離小屋の中で向かい合っています。お医者様は最後の診察をしてくださった後、私と二人で話したいと言い。こうして向かい合ったのです。ちょっとドキドキしています。実は苗床になっていたなんて今から言われても困ります。


「実はね」

はいい!!!ドキドキドキ


「どうしたの?そんなに緊張して?ちょっと聞きたいことがあるだけだよ。リラックスしてね」


 小鬼関係ではないのでしょうか?


「セイラは記憶を失ったって言ってたからその話を聞きたいの。医者としての興味って言えばいいかな?どうしてそんなことになったのか気になってね。頭でも打ったの?」


 記憶喪失の事を聞かれました。さてどうやって答えればいいのでしょう?どうしてと言われても記憶にありません。


「えっとですね。カンラン行の馬車に乗ったのが今から十日前です。馬車に乗る二日くらいまえに記憶を失くしたようでして…何があったのか覚えていません。気が付いた時には自分の名前も分かりませんでした。言葉は分かるし文字も読めましたけど」


「ふうむ。興味深いね。それで」

「それで?ですか?えっとぉ。そうだ教会で加護を調べてもらいました。『火の神の加護が抜けてしまったから記憶をなくしたんだろう』って司祭様がおっしゃいました。加護が抜けてしまうと普通は死んでしまうけど私は二つの加護を持っていたので死ななかったそうです。その後水の女神の加護を得たので無事に生きられるそうです。自分ではそんな経験をしたのかどうかよく解りません」


 お医者様はふむふむと顎に手を当てて考えながら話します。


「そうだね。セイラは『記憶持ち』って言葉がわかるかな?」

「何でしょうか?それは」

「記憶っていうのは頭の中に刻まれるものなの。だけどごくたまに魂に記憶が刻まれている者がいるのさ。そういう人を記憶持ちって呼んでいる」


「それは転生者とは違うのですか?」

「ほう、転生者って言葉を知っているんだね。その言葉はこの十日ほどの間に覚えた言葉なの?」


 私は首を捻って考えます『転生者』なんて言葉をどこで覚えたのでしょうか?

「よくわかりません。自分でも『何処で覚えたんだろう』と思うような記憶が他にもあります」

「たとえば?」

「えっと。今の私になった時、金髪で青い目の身分の高そうな男性に叱られている真っ最中だったのですがその時『悪役令嬢』って言葉がうかびました。その後子爵令嬢の身分を失ったと教えられてその時には『ざまあ令嬢』って言葉がうかびました。それで『ざまあ令嬢』は死んでしまう役回りだから何とかしなければって思って…」

「役回りって?誰かにそう言われたの?」

「言われた訳ではないですが実際死にそうな目には何度もあいました。王都から追放されて、盗賊に襲われたこともそうですし小鬼にも…」

「盗賊と小鬼は事故のようなものだと思うけど?追放された原因に心当たりは?」

讒訴(ざんそ)の罪と言われました。誰かを陥れたのだと思います」

「心当たりは?」

「ありません。たぶん記憶を失う前に何かをやったのだと思います」

「他に何か思い当たることは?例えば人の名前だとか、事件だとか」

「思い当たったのは『悪役令嬢』とか『ざまあ令嬢』という言葉だけです。でも人生が負の方向に転がっているような恐怖があるんです」


 お医者様は私の話を聞きながらメモを取っています。一通り書き終わったのか手を休めて言いました


「『記憶持ち』っていうのは自身が経験しているはずのない記憶を持っている人のこと。たとえばアーゲット領のご領主様は『外科手術』という記憶をもっていらっしゃった。有名な話だよ。『苗床になった患者を連れてこい。苗が小さければ切除して患者を治す』なんてお触れを出した時は皆『領主さまが乱心なさった』って言ったものさ。今では私のような末端の医者でもその技術を持っているのにね。とにかくそういった普通じゃない記憶を持っている人のことだよ。

 『転生者』っていうのは主に教会で使う言葉だね。人は死ぬと体が亡び魂も滅ぶのだけど徳を積むと魂が滅ぶことなく記憶の断片を抱えて生まれ代わると教えている。滅ばなかった魂が宿って生まれてきた人々を『転生者』と呼ぶらしいね。『記憶持ち』のことを教会がそういう風に解釈しただけのような気もする。教会で言う話が正しいのかどうかは医者の立場からは証明できないからわからない。教会と喧嘩するつもりはないから大きい声では言わないけど。

 あんたも記憶持ちなのだと私は思っている。『記憶持ち』ってのは割とたくさん存在していて、大方は記憶の断片を持っているだけで役立てる所まではいかない。それでも記憶持ちは幸運な人生を送るって言われているよ。」


「幸運な人生ですか?」


「事故に遭う確率も病気に罹る確率もみんな等しいはずだ。不幸は突然やってくるから備えはした方がいい。知識は多いほど備えるのに役立つ。みなそう思っている。知識を得るには学ばなきゃいけない。学ぶ前から知識を持っているなんて幸運じゃなければ何なの?」


 お医者様の話についてよく考えてみました


 『ざまあ対象の令嬢』になってしまったと思い込んでいたのは魂の記憶があったからでしょうか?そう思い込んだから死なないように頑張りました。そんな記憶すら持っていなかったならあっというまに死んでいたかもしれません。



 私が失ってしまったのはこの年齢まで生きてきた人生の経験です。記憶って経験値そのものですよね。どんな人間になろうと思っていたのか。何を目標にしてきたのか。どんな人間関係を築いてきたのか全く覚えていません。私の中から消えてしまいました。改めて思い起こしてみると絶望的な状況です。


 それでも生きていこうと思いました。生きていこうと思うのは将来に希望を持っているという事になるのでしょうか?『ざまあ』な状況から脱出し生きようと思いました。そんな記憶すら無かったなら生きようとも思わなかったのでしょうか?


 記憶があったことで此処まで生きて来れたのだから私は幸運だったのでしょうか?



 お医者様は話を続けます。


「話を聞いて確信したけどあんたはセイラ・パトリック子爵令嬢だろう?私ね去年の秋は王都に居たから学園の卒業試験だとかいう炎の魔法を夜空に打ち上げていたのを見たんだよ。すごかったよ。王都の人は皆そう思ったはずさ。あの大魔法に度肝を抜かれたんだ。ウチの国にはとてつもない大魔法使いが居るって評判になった。だから帝国はウチの国への侵攻を止めた。そう言われてる。あんたはもっと胸を張っていい。

 そうそう、明日の出発には見送りに来るからね」


 お医者様は言いたい事だけ言って小屋から出ていきました。


 私は記憶にない情報を教えられて混乱しています。しばらく石化したような状態で座っていました。

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