闇夜
ゴブリンに襲われるシーンがあります。
暴力的な表現を避けていますが、襲われるシーンそのものが嫌いな方は文章後半あたりにお気を付けください。
今話を飛ばしても話が繋がるように次話の前書きに今回のあらすじをつけます。
「頭ぁ!女がいません!」
盗賊の一人が告げた。
「見張りが居ただろう?何をしてたんだい?」
「それが…くじ引きをしてる間、新入一人で見張らせて…」
盗賊の返答は尻すぼまりに小さくなっていく
「馬鹿野郎!仕事もしないで何やってんだい!『そうか、しくじったね。欲をかいて護衛の女まで連れてきたのはまずかった。自警団にあたしらの事チクられるかもしれないよ』」
「頭!まだ遠くへは行ってないはずだ直ぐに追いかければ…」
「やめな!今夜は月がない。真っ暗闇だ。探しようがない」
「だがよぉお頭」
お楽しみを失った盗賊は未練がましく訴える
「なら死にたい奴だけ行きな。昼間だって魔物に襲われたんだ。こっちは数がいたから勝った。ここはそういう森だ。まして闇夜は小鬼どもが動き回る。今無事なのは魔物除けを炊いてるからだ。忘れんじゃないよ」
手下たちは静まり返った。
「獲物は荷車だけで充分だ。夜中の見張りを怠るんじゃないよ。明日は早めに峠を超える」
「へいお頭!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
司祭が王宮から帰ってきたのは夕闇が濃くなり始めた頃だった。王宮から教会までは馬車を使ったが階段だけは徒歩で登らなければならない。昔から上り下りを繰り返しているので辛いとは思わないが暗くなる前には建物に入りたい。
「若い頃には暗闇の中でも平気で駆け上ることが出来たのですがね」
ようやく天辺まで登ると教会の入り口にシスターマリアが立っている。今日も遅くまで信者の悩みを聞いていたのだろう。
「おかえりなさい司祭様」
「ただいまシスターマリア。どうしたのです?珍しいですね。あなたが顔を曇らせるなど」
「申し訳ありません。実は…ここではお話しできません。懺悔室で聴いていただけますか?」
場所を改め聴き手の側に司祭が入室し懺悔する側にシスターマリアが入室した。
「お手間をとらせ申し訳ありません司祭様」
「構いませんよシスターマリア。どんな困りごとですか?」
「先ほど停車場に勤めているという者が懺悔に来ました。賭けに負けた金銭を支払う代わりに情報を売ったと告白しました。カンラン行馬車の積み荷の中身を教えたというのです」
シスターマリアの声は震えていた。
「もちろん私はその者の懺悔を聴き、いつもどおりに対応しました。神に仕える身であると理解して対応いたしました。でも胸騒ぎがして。今朝のカンラン行にはあの子が、セイラが乗っているのです。目星をつけるため積み荷の内容を聞き出すのは盗賊のやり口です。何度も懺悔で聴きましたから私はそういうことを知っています。だから心配になって…どうしたら…」
「…シスターマリア…落ち着いて」
司祭は『俗な人々が口にするような暴言』を吐いてしまいそうになっていた。しかし悩むシスターマリアの前で暴言を吐くわけにはいかない。シスターに向けた言葉ではないが司祭が口にしたなら彼女はさらに悩んでしまう。言葉を飲み込み呼吸を整え、それから口を開いた。
「シスターマリア、私たちに出来ることは祈ることだけです。恙ない旅を祈りましょう」
「はい…そうですね司祭様」
その晩、シスターマリアは眠ることが出来ず夜通し祈りを捧げた。
翌朝の朝刊にはカンラン行の馬車が盗賊に襲われたという記事があった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
真っ暗闇の山の中で私は独りぼっちです。滑落した坂の途中で落っこちた姿勢のままカバンを枕に空を眺めています。月が無くて真っ暗な空に星がキラキラ輝いてとても綺麗です。独りで鑑賞するのがもったいないですね。せめて隣に好きな人でもいれば…どうして金髪野郎の怒った顔を思い出しましたかね。確かにアレの妃候補だったみたいですが、怒った顔しか記憶にないですし。どうして候補になったのかも覚えていませんし。ひょっとすると甘い思い出の一つや二つあったのかもしれませんがぜっっっん然記憶にないですから!
ゼナさん達の足音が遠ざかってから随分たちました。迎えに来るという言葉を信じて待っていますが来てくれたとしても明日の昼間か明後日か…。ノビル村からカンランまで馬車で半日かかります。この場所から街道まで徒歩でどのくらいかかるのでしょう?この場所から近い里まで徒歩でどのくらいかかるのでしょう?里に着いて捜索隊を組めたとしてそれから山に入るのですよ?私のところにたどり着くまでにどのくらいかかるのでしょう?
ゼナさんは『大声を出すな』って言ってました『追手や魔物を呼ぶ』からって。そういえば馬車の切符の裏側にも注意事項として近隣に生息する魔物について書いてありました。姿とか生態とか。やっぱり魔物っているんですよね?
…なんだか今の状況絶望的ではないですか?
いやいやいや。ネガティブになってはいけません。きっと迎えに来てくれます。
えっと今、ガサって言いました?何か動きました?小動物ですよね?リスとかネズミとか?えっと今、ギャッって鳴きました?鳥ですか?鵺ですか?怖いですね。すぐ逃げられるように身を起こしてスターティングポーズをとって。ひたひた足音がします。星の微かな明かりに浮かんだ影は、何だろう小柄な?猿ですか?こん棒を持った猿ですか?こん棒持って腰布を巻いて口がでかい角が生えた…毛が生えてない猿?
小鬼でした!小鬼と書いてゴブリンと読むファンタジーで有名な魔物です。生態は『他の生物の細胞を利用して自己を複製させる』でしたっけ?小鬼はウイルスですか?超大型ウイルスですか?
割と雑魚なくせに女性の天敵ってことですね!困りました。来ないでください。私はゼナさんと待ち合わせ中です。近寄って来ないでください!
逃げようと思っているのに足がすくんで動けません。睨みつけられたのが良くなかったのでしょうか?何とか後ろに下がろうと思うのに…。
殴ろうとして腕を掴まれました。嫌です!服を破かないで。銀貨5枚の流行りの服なのに!顔を近づけないで!ゲホゲホ!臭い!何なの!何なの!振りほどけない!こんなに蹴とばしてるのに!離れろ!離れろお!うまく投げ飛ばせた?
今のうちに少しでも遠くへ…
いやだー!押さえつけられたー!のしかかってくるなー!何ですか!何ですか!お腹の辺りに質量と熱量の塊がこすりつけられてる!!!!気持ち悪い!気持ち悪い!気持ち悪い!ヤダ!ヤダ!気持ち悪い!
ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!ヤダ!…!
『風刃!』
《風の刃がスパッと小鬼の首を切り裂きます》
のんきそうな声が聞こえて小鬼の首がゴトっと傾きました。同時に血がザバっと降って…『洗浄』
《あらあら不思議。体の中から水が湧き出して汚れをきれいに流します》《そしてたちまち乾いてしまいました》
首が裂かれた小鬼は流れ去りました。降りかかるはずだった血といっしょに…。
状況に頭がついていけません。唖然としたまま固まっています。呼吸の音と心臓の音だけがやたらと大きく聞こえていました。
目の前に小さな明かりが二つ浮かびました。蛍のように儚い明かりでした。それはだんだんと大きくなりやがて掌に乗る程度の大きさの子どもの姿になりました。
《大丈夫?》《大丈夫?》《怪我してない?》《眠ってない?》
ちいさい子どもはそれぞれ言葉をかけてくれます。この子達の声を知っています。魔法を使うときにいつも聞こえてくる声なのですから。
《泥だらけ?》《腕擦りむいた?》《洗おうか?》《足治そうね》
《あらあら不思議。体の中から水が湧き出して汚れをきれいに流します。ついでに水を動かして怪我した所を塞ぎます》《そしてたちまち乾いてしまいました》
この子たちは私の加護精霊のようです。




