森の中
「馬車に乗り合わせていたお婆さんが盗賊で、お頭って呼ばれてました。ノビル村で食べさせられたのが眠り茸だったようです。男の人たちは地面に捨てられて…荷物と馬と私たち三人が攫われました」
護衛の女性に訊かれたので私は答えました。恐ろしさに麻痺して感情が抜けてしまい淡々と言葉だけが出てきました。
「何よこれ!!ここから出しなさい!」
菫色の服を着た女性が叫び声をあげ扉を拳で叩きます。目を覚まして最初に目に入ったのが血が染みついた車内にいる血だらけの服を着た私だったのでパニックを起こしたのでしょう。
「うるせえ!」
声と共に扉の窓から剣先が出現しました。剣でガラスが叩き割られたのだと気が付いたのは頭からガラス片を浴びた後でした。私はストールを被っていたので怪我はしませんでしたが、お姉さんの頬から血が出ています。
「殺されたくなかったら静かにしやがれ!」
盗賊が怒鳴ります。
「馬鹿野郎!商品に傷がついていたら飯抜きだ!」
「へい!お頭!」
お姉さんは顔色を失い動かなくなりました。
「洗浄、治療、洗浄、治療」
護衛の女性が水の魔法を使ってくれたようです。頭に水を叩きつけられたような衝撃があり続いてゆっくり水が流れ落ちる感触がきます。
女性の使った魔法は私の使う魔法とは感触が少し違うのだと思いました。そんな風に思えるのは護衛の女性が使ってくれた治療の効果で心に余裕が出来たからかもしれません。
ガラス片は全て床に流れていきます。服の汚れが落ちお姉さんの頬の傷も塞がりました。白い傷跡が少し残っています。馬車の中は水浸しになっていました。
「乾燥」
《そしてたちまち乾いてしまいました》
天井に穴が開いていますしガラス窓も割れましたから濡れたままでは風邪をひいてしまいます。乾燥の魔法を使いました。
「ああ良かった。とっさに水の魔法を使っちまったけど水浸しにした後どうしようかと思った。いつもは仲間が乾かしてくれていたからね。風の加護持ちかい?あたしはゼナ。あんた名前は?」
護衛の女性ゼナさんはノビル村で声をかけてくれた時とは違う砕けた口調で話します。こちらが素なのでしょう。そして後先を考えない性格のようです。
「セイラです」
「そっちの姉さんは?」
ゼナさんはガラス片を被った後フリーズしていた菫色の服のお姉さんに尋ねました。お姉さんは少しづつですが再起動を始めたようです。しばらく瞬きを繰り返したり口をパクパクさせたりしていましたがようやく
「ヴィオ」
となんとか聞こえる程度の小声で呟きました。
「で、あたしたち今どこにいると思う?」
護衛の女性ゼナさんの問いに私は首を横に振るしかありません。
「そうよ、あなた確か護衛よね。助けなさいよ!私を助けなさい!今直ぐに!」
菫色の服のヴィオさんがゼナさんにすがります。声のトーンが次第に大きくなっています。まだパニックが続いてるのでしょうか?
さっきまで私も震えることしかできませんでした。ヴィオさんがパニックを起こすのも当然でしょう。でも、あまり騒ぐと盗賊に怒鳴られてしまいます。
「洗浄」
ゼナさんが魔法を発動させヴィオさんはもう一度頭から水を被りました。洗浄ってパニック症状にも効果があるのですか?ともかくヴィオさんは頭が冷えたことでおとなしくなりました。このまま静かにしていてもらいたいのでしばらく乾燥は使わないでおきましょう。ずぶ濡れで可哀そうですが。
「街道から左右のどちらに向かったのかだけでも分かると良いのだけど…」
ゼナさんがつぶやきます。
「それならたぶん左です。左側に見えていた森の中に入りました」
私はできるだけ声を潜めて答えます。ぼんやりと景色を見ていただけですが役に立つことが出来てよかったです。
「そっかありがと。だとすると奴ら山を越えて帝国へ向かうのかな?」
そうつぶやいたのを終いにゼナさんは黙り込んでしまいました。
馬車は悪路を進んでいるようで揺れが激しいです。その割に車輪の軋むような音は聞こえません。何処に向かっているのでしょう?
窓の外は森のようです。薄暗く思えるほどに木々が生い茂っています。穴の開いた天井から見える空が茜色に染まりました。窓から天井に抜けていく風が冷たく感じます。ヴィオさんが寒そうに震えはじめたので乾かしました。
「此処らで野営する。準備しな」
盗賊たちに指示を出すお頭の声が聞こえます。規則正しかった蹄の音が足踏みする音や走りまわる音などと入り混じり、やがて馬車は止まりました。盗賊たちが騒々しく会話をしています
「頭ぁ、女の匂いがたまんねえ。しばらく里に下りていねえしよ?味を見てもいいか?」
「商品に傷をつけたら飯抜きだって言ったはずだよ」
「怪我はさせねえよ。新品を使えば値が下がるけどよ、中古だったら売値は同じだろ?」
「しょうがないね。一番年増のヤツにしな」
ウオーと歓声があがりました。手を叩き足踏みしている者もいるようです。私たちは青くなって顔を見合わせます。誰が一番年上なのかじっくり観察し合ってしまいました。
「まずは仕事しな。お楽しみは一番後だ」
「へい、お頭!」
ガチャガチャ、バタバタと騒々しく野営の準備を始めたようです。たき火の匂いが漂ってきました。パチパチと木の爆ぜる音も聞こえます。
突然、ガラスのない窓から髭面が数人覗き込みました。舐めるようにして見てきます。鳥肌が立つほど気持ち悪いです。私たち三人は猿団子のように身をくっつけ合って顔を伏せました。
「白いのは護衛のヤツだろ?年増っぽいけどさ、抵抗されるとめんどくさいな。手足を折ったら頭怒るだろ?」
「青いのは布被ってて年分かんねえな」
「あいつ、動き方がババ臭かったぞ。年増じゃね?」
「紫のはどうだ?あれも結構な年増じゃないか?」
ものすごく失礼なことを言われていますが腹が立つというよりも気持ち悪さの方が強いです。私が一番若いと思っていたのにロックオンしてきた奴がいます。嫌です。気持ち悪いです。怖いです。
「何やってんだい!さっさと仕事しな!」
お頭の声がして盗賊たちは向こうに行ってしまいました。
「隙を見て逃げるよ。持ち物を確認したい。何を持ってる?」
ゼナさんがささやきます。
「トランクは荷馬車に預けた。持ってるのはこれだけ。あとは小銭」
ヴィオさんがスカートを捲り上げて見せた丈夫そうなブーツには脹脛の外側に沿うような形でナイフが仕舞ってありました。おお!そんな所に武器を装備しているのですか!ちょっと感動してしまいました。
「セイラのカバンには何があるの?」
ゼナさんに急かされて私はカバンを開きます。着替えの服と。水筒。傷薬。携帯食料に紹介状が2通。乾燥スライムの小袋と眠り茸が一片です。一番奥に罪状が記された巻物もありますが見せなくて良いですよね?
「書類は身に着けておきなよ。カバンは捨てなきゃならない時もあるから。食料は三人で分ける。良いね」
ゼナさんは有無を言わせずテキパキと食料を三等分します。それを簡単な包みにすると皆に渡します。そして自分の分を胸の谷間に仕舞い込んでいます。ヴィオさんも当たり前のように谷間に仕舞っています。私には谷間が無いので下着の隠しポケットにゴソゴソ仕舞います。紹介状は皺になっていました。封蝋に気を付けながら皺を伸ばし折りたたんで隠しポケットに入れました。おかげでほんの少し胸が膨らんで見えます。なんだか悔しいです。
「水筒は重くて邪魔になるから置いて行こう。私がいれば水に困らないから」
言われるままに水筒をカバンから出しました。私も水の魔法が使えますがこれも申告しなくていいですよね?ゼナさんはベテランですし私は昨日から使い始めた素人ですし。
「非常口が床にあるはず。そこから出られると思う。だめなら力ずくで壊すけど。タイミングを計るから合図したらすぐに動けるようにしておいて」
ゼナさんの言葉に心臓がバクバクし始めました。軽くなったカバンを斜めがけにして息をひそめます。
盗賊が代わる代わるやって来て下卑た言葉を投げていきます。なかなか逃げる隙がありません。
辺りは真っ暗になり煮炊きした食べ物の匂いが漂っています。お酒の匂いもしてきました。盗賊たちは歌ったり手拍子したりと陽気に騒いでいます。
「順番を決めるぞー!くじ引きだー!」
うおー!
「見張りが一人になった!行くよ!」
盗賊たちの騒ぎが一段と大きくなった時、ゼナさんは合図を出しテキパキと椅子の板を外し床に散らばっていたガラス片を退かします。そして椅子の下部分の板を探って外しました。
狭い隙間ができました。ゼナさんがスルスルと這い出していきます。私も隙間を抜けました。ゼナさんは馬車の下に伏せ片方の掌に水球を作りながら盗賊の様子を伺っています。ヴィオさんは大丈夫でしょうか?胸とかお尻とか隙間を通過できるでしょうか?ダメでしたね。腕と頭は出ましたが引っかかっていました。私はヴィオさんの両腕をつかんで引っ張ります。ペキッっと音がして隙間が壊れヴィオさんは地面に落っこちました。
音に気が付いた見張りの盗賊がこちらを向きます。同時にゼナさんが馬車の下から飛び出して水球を盗賊の顔に投げつけました。水球が盗賊の顔にくっついています。あれでは声が出せません。声どころか息もできないでしょう。すかさずボディーブローをくらわしくの字に折れたところへ後頭部めがけて踵落としを決めています。崩れ落ちる盗賊を抱え勢いのまま茂みに走り込んで行くゼナさん。私も必死に後を追います。続いてヴィオさんも茂みに飛び込んできました。
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