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新聞

誤字報告ありがとうございます訂正しました<(_ _)>5/29

 案内された馬車は黒塗りでガラス窓が付いています。外見は立派に見えましたが座席は板を渡してあるだけの簡素な造りでした。

 進行方向に向かう形で三人、御者に背を向ける形で三人が膝を突き合わせるように座ります。客室は思っていたよりもずっと狭いです。庶民の乗り物ですからこんなものなのでしょう。料金が高かったのでもう少し快適な室内かもと期待していました。


 乗り合わせたのは白髪のお婆さん、子どもを一人連れたお母さん。この三人が進行方向に向かって座っています。しっかり座布団を用意しています。


 御者側に乗ったのは菫色のワンピースを着たお姉さんと私です。私はカバンの中からウールのスカートを引っ張り出し畳んで座布団代わりにしました。お姉さんと私の間は空席なので多少ゆったり座れます。


 白髪のお婆さんが飴菓子のようなものを出して皆に勧めます。一つ頂きました。子どもが二つ取ったのでお母さんが窘めて(たしなめて)います。お姉さんは遮るように片手をかざして『いらない』と示し目を瞑ってしまいました。コミュニケーション不要のポーズですね。


「あたしは息子の婚礼に行ってきたのよ。成人してからずっと王都に行ったきりだったから心配していたのだけどやっとご縁があってね。風の精霊の教会で式を挙げてから身内で食事会をしたんだよ。久しぶりに会ったあの子が元気そうで幸せそうで本当に良かった。お父さんが生きていたら息子の嫁を見せてあげられたのにそれだけが残念でね」

 お婆さんはまるで機関銃掃射のようなおしゃべりの乱れ打ちを始めました。止みません。私はやんわり微笑み大人しく聴いています。仕方ありません。口をはさむ空きすら与えてもらえません。王都周辺の噂などを聴ければいいなと思ったのですがお婆さんの話は息子さんとお父さんの事ばかりでした。


「ボクはねぇ、ボクはねぇ教会で加護を見てもらってきたの」

 子どもがお婆さんの話を遮ってしゃべり始めます。発車直後は窓のある扉側で私の正面に座っていました。足をぶらぶらさせて私のスカートを蹴るので母親が私に謝りながら真ん中の自分の座っていた席と代わらせました。そこなら前が空席なので足をぶらぶらさせても平気です。真ん中の座席では外が見えないのでおしゃべりに参加したくなったのでしょう。


「ボクはねぇ土の精霊の加護があったの。農家にはとっても良い加護なんだって」

栗色の髪と目をした子どもは農家の生まれなのでしょう。どや顔で嬉しそうに話します。


「あらあら、それは良かったわね。おばあちゃんは風の精霊の加護持ちなのよ」

白髪のお婆さんは子どもと会話するつもりのようです。

「ねえねえ、お姉ちゃんの加護は?」

子どもはいきなり私に話を振ってきました。むやみに個人情報を探らないで欲しいと思いますが子ども相手にどう返したものでしょう?お婆さんも期待のこもった目でこっちを向きましたし。仕方ない。話に乗りましょうか。

「私も風の精霊よ」

答えると子どもは私の顔を覗き込み

「ああほんとだ。緑の目だね」

と言ってきます。顔をじっくり覗くのは恥ずかしいのでやめて欲しいです。お母さんが子どもを抱き寄せてすみませんと頭を下げました。子どもを連れての旅行は大変ですね。


「あら、そうなのね。あたしも昔は綺麗な目をしていたものさ。そういえばお父さんがね…」

お婆さんはまだ話し足りなかったようで再び自分語りを始めました。子どもは母親と手遊びをするようです


 乗合馬車というのは精神的にも大変な乗り物ですね。隣のお姉さんのように寝てしまえば良かった。


 王都の門を通過する時には調べられることもなくスイスイと出られました。窓から眺めると入場する側は列になっていて検問を待っているようでした。


 馬車はゴトゴトと進んでいきます。路面のデコボコが直にお尻に伝わってきます。お尻の下に座布団代わりのスカートを敷いて良かったです。隣のお姉さんは板の上に直に座っていますが平気なのでしょうか?


 馬車に揺られてずいぶんたちました。おしゃべりを続けていたお婆さんも顎が疲れたのか口を閉じました。子どもが「お腹空いた」と訴えたので母親が包みを取り出して広げます。お婆さんもごそごそと何かを取り出しています。私も食事にしましょう。シスターマリアにいただいた焼きたてパンの包みを広げます。温かかった包みもすっかり冷えてしまいました。


 丸い形の白いパンが二つ入っていました。それをちぎって口に入れながら包装紙代わりの新聞を読みます。日付は昨日になっています。私が牢屋から出た日の朝刊でしょう。暦はダース商会でも教会でも停車場でも確認したので間違いないはずです。教会では一年分の行事予定を書いた暦を貼っていましたね。


 暦は一年が始まりの月、春の月、夏の月、秋の月、冬の月、最後の月と六分割されていて、それぞれの月が50日から60日程度あります。



新聞記事の抜粋

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パトリック子爵横領の罪で爵位剥奪

 春月45日未明、王城から爵位に関する発表がありました。爵位に関する発表が夜間に行われるのは異例のことです。罪を犯した貴族の爵位を剥奪したという発表で剥奪されたのはドルマン・パトリック子爵ということです。原因となった罪状は横領で騎士団に納品されるはずの魔道具を長年にわたり着服していました。王城会計局によりますと騎士団からの通報に対し調査を行ったという事です。パトリック子爵の屋敷からは製作者不明の使用済み魔道具が多数発見されました。ドルマン氏には脱税の疑いもあり当局は調査を進めています。家長のドルマン氏と娘のセイラ嬢は今後爵位を名乗ることができなくなりました。セイラ嬢は現在王太子妃候補とされていますが候補資格について論議を呼びそうです。ドルマン氏は数日前から行方不明となっており家族から捜索願が出されていました。

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王城で謎の出火、妃候補に怪我人なし

 春月44日、星の離宮で小火があったと王城広報局から発表がありました。出火があったのは43日の夕方で、火はすぐに消し止められ怪我人はないという事です。騎士団は放火の疑いがあるとして調べを進めています。

 星の離宮は王城敷地内の北東に位置し王太子妃候補の教育施設として使われています。王城では慣例として王太子が成人年齢に達した時点で10名の王太子妃候補を選出しています。候補は全て婚約者の待遇を受け離宮で一年間の教育を受けます。夏の月60日に王太子正妃、側妃及び妾妃が決定されるという事です。

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 気になったのはこの二つの記事でした。何でしょうか。記事を読んでも人ごとのようで、身の回りに起きたことのような気がしません。ドルマン氏は父親のはずですが覚えがありませんし。


 王太子には10人の妃候補がいたのですか。ハーレムですね。私は既に脱落していますけど。


 私が王城から追い出されたことは記事になっていませんからこの新聞が書かれた時にはまだ発表されていなかったのでしょう。ひょっとすると今朝の新聞記事になっているかもしれません。


 王太子って私の記憶の最初にある金髪で青い目で怖い顔で睨みつけてきた人ですよね。怒鳴りつけられました。あれはトラウマになるほど怖かったです。二度と会いたくありません。お会いする機会なんて無いでしょうけど。


 それにしても王城内で放火ですか?昨日の朝追い出されたあの厚い塀の向こう側ですよ?放火魔が入って行ける場所ではないと思います。  




ブックマーク、評価、つけていただきましてありがとうございます。

とても励みになりました。頑張って次を書きます!

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