第九話 「コードネーム『零』」
「ボス。『零』です」
薄暗い建物の地下、一室にリア・アースライズ――王室魔術師団所属、コードネーム『零』は静かに足を踏み入れた。
石壁に囲まれた冷たい空間に、彼女の足音だけが響く。
「おぉ、リア……いや、『零』。例の人物の近況はどうだ?」
リアがボスと呼ぶその人物こそ、王室魔術師団を統べるリーダー、コードネーム『絶魔』。
見た目はどう見てもただの少年。金色の髪に青い瞳――まるで貴族の子息のような上品さ。しかし、この少年こそが強者揃いの魔術師団を率いる存在である。
「はい。今のところ特に目立った動きはありません。彼女を狙っているという組織の幹部らしき人物も、今のところ確認できていません」
リアは淡々と報告を続けた。
「僕の見立てでは、おそらく魔術学院で暗殺を企てている。幸い、君と彼女は同じクラスになったと情報が入った。例の組織に勘づかれないよう、慎重に頼むぞ」
『絶魔』の声には冷静さの中に確固たる信頼が滲んでいた。
「了解」
リアは短く返答した。任務の重さは十分理解している。だが――彼女にはもう一つ気になることがあった。
「あぁ、そういえば君のクラスの担任講師も調べたのだが、どうやら心配はなさそうだ。」
「……と言うと?」
リアは思わず問い返した。
「君の担任講師は――」
翌朝。
「お兄ぃー! 準備終わった~?」
「あぁ、バッチリだ」
今日から俺とリアの学院生活が始まる。
俺は学院指定の講師用ローブを羽織り、鏡で軽く身だしなみを整えた。久しぶりにまともな職場に就くことを思うと、胸が高鳴る。
「お兄ぃ、どうかな?」
リアが部屋から顔を出した。
赤を基調とした制服が彼女の黒髪と紫色の瞳に映えて、思わず見とれてしまう。
「すごく似合ってるぞ」
「えへへ……ありがと!」
俺が誉めると、リアは恥ずかしそうに笑いながらも嬉しそうに頬を染めた。
「よし、じゃあ行くか」
「うん!」
俺たちは家を出て、学院に向かって歩き出す。
朝の風が心地よく、今日は何かいいことが起こりそうな予感がした。
その時――
家の屋根の上、大精霊イムはじっと二人の後ろ姿を見つめていた。
赤い髪が風になびき、緑の瞳にはどこか憂いが宿っている。
「……フェイ君はやっぱり凄い才能の持ち主だったよ。さすが君の子供だ。リアちゃんもたくましく育ったよ……」
イムは誰にともなく呟いた。その声は風に紛れて誰にも届かない。
「だから……早く戻ってきてくれよ……クレア……」
イムの切実な願いは、果たしてどこまで届くのだろうか。
それは、神にすらも分からない。
シャーロット魔術学院。
入学式という名の非常に長い式典をようやく終え、ついにクラス発表の時間がやってきた。
俺の配属先は――一年B組の担任講師だ。
どうやらこの学院では、学年ごとのクラス替えはなく、担任も変わらないらしい。つまり、俺はこの40人の生徒たちを三年間担当することになる。
「みんな、おはよう!」
教室に足を踏み入れると、生徒たちは一斉に立ち上がった。
「おはようございます!」
元気な挨拶が教室中に響く。
うん、この新鮮な空気――前のブラックな職場では絶対に味わえなかったな。
教室を見渡すと、奥の方の席でリアが笑顔で手を振っていた。
彼女の存在が、どこか安心感を与えてくれる。
「じゃあ、まずは軽く自己紹介からいこうか。俺はフェイ・アースライズだ。魔術なら何でも使えるぞ。よろしくな」
教室が一瞬静まり返った後、**「おぉー!」**と感嘆の声が上がる。
生徒たちは次々と自己紹介を始めた。個性豊かな顔ぶれだが、どうやら問題児は少なそうだ。
よく見れば一人欠席のようだが、それ以外の子たちは皆素直そうで、初担任としては一安心だ。
――俺の講師としての生活、これは楽しみになりそうだ。
一方その頃。
リアは教室の後ろの席を確保し、静かに周囲を観察していた。
……これでクラス全体をしっかり確認できる。
任務のために学院に潜入している以上、油断はできない。
この任務は、今まで受けたどの任務よりも間違いなく過酷になる――リアはそう感じていた。
ことは最小限に済ます。誰も巻き込まない。誰も死なせない。それが私のやり方。
リアはそう自分に言い聞かせ、胸の中で小さく呟いた。
「コードネーム『零』、任務開始」
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