第七話 「規格外の"レベル0"」
「皆さん。本日は我がシャーロット魔術学院採用試験にお越しいただきありがとうございます。これより試験の概要を説明いたします」
模擬戦闘訓練館――そこに入ると、若い女性が中央に立っていた。
その端正な顔立ちと鋭い眼差しから、彼女が学院の講師であることは一目でわかる。まだ二十代前半だろうが、纏う空気は落ち着き払っており、只者ではない雰囲気だ。
「本日の試験は例年と同様、魔術による模擬戦闘で合否を決します。定員は十名。今回は50名の希望者がいますので――」
そう言いながら、彼女は手を軽く翳した。
次の瞬間、訓練館の広大な空間の中央に、透明な魔力の壁が出現する。淡い青白い光を放つその壁は、圧倒的な魔力を秘めているのが見て取れた。
「受験番号1から25の方はこちら側へ。26から50の方は向こう側で、残り五名になるまで戦闘を続けてください。なお、魔道具やその他の道具の使用は失格となりますのでご注意ください」
簡潔で無駄のない説明の後、会場は一気に緊張感に包まれる。
俺は受験番号47番。つまり向こう側のフィールドだ。
……クソ、スクエアは反対側か。
あいつをボコボコにするチャンスだと思ったのに、残念だ。
「それでは、始めてください」
その合図とともに、シャーロット魔術学院のたった十個しかない講師の枠を巡る戦いが幕を開けた。
「さて、やるか」
周囲で次々と戦闘が始まる中、俺はゆっくりと歩みを進める。
戦場の空気は張り詰め、魔力の衝突する音があちこちで響いている。だが、俺の心は妙に落ち着いていた。
「フェイ君、あまりやり過ぎないようにね!」
「うおっ! ビックリした……お前、急に出てくるなよ!」
大精霊イムが、いつの間にか俺の肩に乗っていた。
その無邪気な声に少しだけ気を抜きそうになるが、彼女の忠告は一理ある。確かに――ここで本気を出しすぎるのは賢明じゃない。
でも、少しくらいなら試してもいいだろう。
昨日のリアとの特訓後、魔獣相手に試した“アレ”を――。
「……うおっと」
考え事をしていると、突然背後から強烈な魔力の気配が迫ってきた。
――バチィッ!!
光魔術・中級【ライジング・スパーク】の閃光が俺の頬をかすめ、熱を伴う痛みが走る。
「……はぁ」
その一撃は確かに速かった。だが、甘い。
俺はバックステップで距離を取り、魔術を放った相手を睨む。
そこに立っていたのは、赤いローブを纏った男。彼はすでに次の魔術を詠唱し始めていた。
「《紅蓮の炎よ……焼き尽くせ……》」
男の詠唱は火魔術・上級のそれだ。魔力の収束も悪くない。普通の相手なら、これだけで十分脅威だろう。
でもな――
「温すぎる」
俺は小さく呟き、手を男に向けた。
今の魔術師たちは、いくら“レベル”が高くても詠唱速度が遅すぎる。
リアのような王族直属の魔術師は、戦闘状況に応じて術式を簡略化し、素早く上級魔術を放つことができる。しかし、術式の無詠唱発動――スペル・カットの技術は、今や“失われた技術”とされている。
だが、俺は違う。
「《……燃え尽きよ》ォッ!」
男が詠唱を終え、火魔術・上級【フレイム・バーン】を放つ。巨大な火球が轟音とともに俺に迫る。
しかし――
「フッ。」
俺は無詠唱で、闇魔術・極級【ダークネス・ゾーン】を展開した。
次の瞬間、俺の目の前まで迫っていた【フレイム・バーン】は突然消えた。
いや、違う。吸収したんだ。
【ダークネス・ゾーン】は相手の魔術を吸収し、その魔力を蓄積する。そして――俺の意志一つで、その力を相手に返すことができる。
「おい。このままだと、お前は自分の魔術で焼かれるぞ?」
俺の言葉に、男の顔がみるみる青ざめていく。
「ぐ……クソッ! ……ぎ、ギブアップだ!」
「はい、あざーす。」
俺はあっさりと戦闘を終えた。
だが、それはほんの始まりだった。
その後も同じ展開が繰り返された。
次々と俺に挑んでくる受験者たちは、俺の魔術を見た瞬間に絶望し、次々とギブアップしていく。
結局、俺は汗一つかくことなく、シャーロット魔術学院の講師採用試験を突破した。
「ふぅ……楽勝だったな。」
リアもきっと余裕で合格してるだろう――そう思いながら、会場を後にしようとしたその時。
「お、おい、お前!」
最初にギブアップした男が、俺に駆け寄ってきた。
「ん? なんだ?」
「お前……あんな大規模で見たこともない魔術を使えるなんて、一体レベルはいくつなんだ?」
俺はニヤリと笑い、肩をすくめて答えた。
「俺か? 俺は――“レベル0”だ」
「は? 0……?」
男はまるで意味がわからないと言わんばかりに目を見開き、口をパクパクさせている。
俺はその反応を楽しみながら、出口へと歩みを進めた。
……今の、決まったな。
――同時刻。
「ふぅ、長かったぁ……。」
リア・アースライズは溜息をつきながら試験会場を後にしていた。
定員200に対して受験者数は600人。試験は熾烈を極めた。
だが――リアは一度も攻撃を受けることなく、最小限の魔術行使で難なく合格を勝ち取っていた。
合格は通過点にすぎない。
リアがこの学院を受験したのには、明確な理由がある。
『リア、お前にはとある任務についてもらう。まずはシャーロット魔術学院に入学しろ。詳細はその後説明する。』
王族直属の魔術師団――その団長から下された任務。
リアはその命令を遂行するために、この学院に足を踏み入れたのだ。
……でも。
「お兄ぃ、受かったかなぁ?」
任務のことを一瞬忘れ、リアは兄のことを思い浮かべた。
強引に試験を受けさせてしまったけど、きっとお兄ぃなら受かっているはず!
「受かったら毎日一緒に登校デートできるし♡」
顔を赤らめながら、リアは足取り軽く学院の廊下を歩き出した。
任務よりも兄との時間に心が躍るリアは、どれだけ優秀な魔術師であっても、やっぱり普通の女の子だった。




