第六話 「シャーロット魔術学院採用試験 」
「フェイ、よーく聞いてね。」
「う、うん!」
幼いフェイは、大きな瞳を輝かせて目の前に座る母親をじっと見つめた。
「フェイはお兄ちゃんなんだから、私がいなくてもちゃんとリアを守るんだよ!」
「うん! 僕、お兄ちゃんだから、リア守る!」
フェイの小さな拳はぎゅっと握り締められ、その純粋な決意に母――クレア・アースライズは微笑んだ。
「うーん! 偉い! さすが私の子!」
クレアはそのままフェイをぎゅっと抱き締めた。
「お、お母さん……く、苦しい……!」
「あ、ごめんごめん!」
優しく息子を解放するクレア。
その姿は、桃色の髪と朱色の瞳が印象的な可愛らしい女性。しかし、その見た目とは裏腹に、彼女こそが世界最強の“レベル7”にして最後の魔女――『炎姫の魔女』クレア・アースライズその人だった。
その気になれば街一つを簡単に焼き尽くせるほどの力を持つ彼女が、今はただ一人の母として微笑んでいる。
そして、フェイを抱き締めたまま、彼女はフェイにだけ聞こえるほどの小さな声で囁いた。
「フェイ……あなたはいずれ必ず強くなる。例え今は魔術が使えなくても。世界を救う、“レベル0”の魔術師になれるよ……」
「……お兄ぃ! お兄ぃ! 起きてー!」
耳元で響く妹の声で、俺は目を覚ました。
どうやら、母さんとの昔の会話を夢に見ていたらしい。
……にしても、母さんは最後に何を言っていたんだろう。
あのとき、母さんはどこか寂しげだった。それがずっと気になっている。
けれど、はっきりと思い出せない。
「ふぁ……おはよう、リア」
「おはよ、お兄ぃ! 今日はいよいよ試験だね!」
「……そうだな」
今日は、シャーロット魔術学院の試験日。
リアは生徒として、俺は講師の部門で受験することになっている。
「お兄ぃ、あれだけの魔術が使えるんだから落ちたりしないでね?」
「はいはい、頑張りますよっ」
適当に流しつつも、内心では少し緊張していた。
魔術を使えるようになってまだ日が浅い。だが、あの学院で講師になるためには“実力”が全てだ。
俺は台所に向かい、質素なパンをかじった。贅沢を言える立場じゃないが……それでも、もっとしっかりした朝食が欲しい。
シャーロット魔術学院――
迷宮都市シャーロットにおいて、ダンジョンに次ぐ規模を誇る巨大な魔術学院だ。
都市有数の貴族たちが多額の寄付をしているおかげで、設備は一流。特に食堂は無料で全ての食事が提供されるという夢のような場所だ。
……これはもう、受かるしかないだろう。
前の職場はブラック中のブラック。無能と罵られ、減給に次ぐ減給で、ほぼ強制ダイエット状態だった。
作った料理もほとんどリアが平らげていたし……。
もし食堂がバイキング形式だったら……余った料理をタッパーに詰めて、夜のおかずに……!
「お兄ぃ、ついたよ!」
そんな現実的なことを考えているうちに、学院に到着していた。
目の前にそびえ立つのは、まるで城のような荘厳な建築物。
これこそが、迷宮都市シャーロットが誇る魔術師の登竜門――シャーロット魔術学院だ。
「途中まで一緒に行こ!」
「ああ」
リアと共に巨大な門の前に立つと、リアは手を翳した。
門に微かな魔力が流れ込み、ギィィィィと重厚な音を立てて門が開く。
なるほど。
門に魔力を流すことで開閉する仕組みか。魔術を使えない者は門すら開けない――つまり、ここに立つだけで魔術師としての証明になるというわけだ。
俺の試験は模擬戦闘訓練館で行われる。生徒の部門は別会場だ。
入り口付近で受験の登録を済ませ、受験番号の書かれた紙を渡された。
俺は47番。リアは412番。
生徒の定員は200名、講師は10名。
つまり、この時点で半数以上が落ちる狭き門だ。
……まぁ、試験内容は模擬戦闘。負けなければいいだけの話だ。
長い廊下をリアと並んで歩いていると、反対方向から一人の男が近づいてきた。
金髪に整った顔立ち、そして妙に自信に満ちた足取り。
「そこのお嬢さん。ごきげんよう」
リアに向かって軽く頭を下げるその男。
俺は瞬時に警戒心を抱いた。
「え? 私? あ、こんにちはー」
リアは戸惑いながらも挨拶を返す。
「あなたはとても綺麗な目をしている。どうです? 試験が終わったら、一緒にお茶でも……」
「え……?」
リアの反応に気付かず、男はさらに微笑む。
「あ、申し遅れました。私はスクエア・タスティマです。階級は“レベル5”。以後、お見知りおきを」
その瞬間――俺のこめかみがビキビキと音を立てた。
何人の妹をサラッとナンパしてんだァッ!?
ちょっと顔がいいからって調子乗りやがって……。
「えーっと……あ、お兄ぃ! 私、こっちだから……頑張ってね!」
リアは逃げるように会場へと向かっていった。
おいリア! 置いていくな!
「……あら、行ってしまいましたね。ところで貴方、彼女の何ですか?見たところ、大した実力はお持ちでなさそうですが」
スクエアは俺を一瞥すると、透かした態度で言い放った。
「あれはリア。俺は兄です。俺も講師の部門を受けるので、よろしくお願いしますね」
俺は平然とした態度を装いながら答えた。もちろん握手は求めない。
だが――
(あいつ、試験で当たったら絶対にぶっ倒す!!)
俺の頭の中は、スクエアへの殺意で埋め尽くされた。




