夜の海のコクハク(3)
「少なくとも俺は、アーミーを必要としている! どうか付き合ってください!」
サクヤはそう言って、プレゼントを私に差し出したまま、頭を下げた。まさかそんなこと言われるなんて。
あんまり急だし、必要としてもらって嬉しいやら、でも、どうしたらいいのやら。しばらくのぼせ上がって、何も考えられなくって。頬に手をやったり、上を向いたり、下を向いたり、一人挙動不審に、慌てふためいてしまった
正直いうと気持ちはうれしい。サクヤとはいえ、異性にそう言ってもらえるってことはは、やっぱり喜ぶべきことだよね……! でも……。
冷たく優しい潮風にあたっているうちに、浮かれた気持ちが静まってくる。
そして、不思議!
サクヤは私を必要としてくれている。大切にしてくれている。そう思った途端、さっきまであれほどまで、惨めで、弱くて嫌いだった自分のことを受け止められて。そしてだからこそ私は、サクヤを初めとする大切な仲間とずっと一緒にいるために、どうすればいいのか、驚くほどクリアに答えを出すことができたのだ。
バクバク鳴っていた心臓の音が、少しずつ落ち着いてきたのを感じ、私は一度目を閉じる。でも、でもね。やっぱり今は、受け取れない。
「私、これは、もらえないよ」
そうして、はっきりと伝えた。
「エェーまだあの赤鎧が俺よりいいの?」
「そ、そうじゃなくて!」
またあ! わざと、だよね? しおしおの半泣き顔で、聞き返すサクヤに、苦笑いして、首を振る。
先月のあの冒険を経験する前、私はバルトさんに確かに憧れて、恋をしていた。けれどあんなことがあって……憧れや、かっこいい! という気持ち以上に、もしかしたら私は、嫌われているのかもしれないという悲しさと、それに。罪を犯したといえ元部下である隊士さんへの態度に違和感や、怖さ、憤り、といったマイナスの感情を抱いてしまっている……。だからバルトさんが好きだからっていう理由で、サクヤの気持ちに答えられない訳ではない。
そんなことよりも私。もっと大切なことを思い出せたのだ。それを、サクヤに伝えないといけない!
「私ね。さっき、夕食の時、ジャンさんに、一緒に行く! って言ったけれど、本当はすっごく怖いんだ。あのね、悪魔の眷属が怖くて怖くて仕方ないの……。前のダンジョンで一人で襲われたこと、トラウマになっちゃってるみたいでね」
抱えていた膝こぞうを強く抱きしめる。みんなの前で、大丈夫! って強がってきたものを、実際は怖がっていたと告白するのは、とっても恥ずかしい。でも言ってしまえば不思議と心が軽くなっていく。
「でね、強いサクヤが今、そばにいてくれるって聞いて、私、正直、ほっとしちゃったの。サクヤからのプレゼントを受け取って、お付き合いします! って言えば、ずっとあなたはそばにいてくれる……」
私はサクヤが右手に握ったままのプレゼントをチラリと見た。あれは多分、私が昼、大通りで、欲しいっていた海の生きものの図鑑に違いない。いくらセール中だったとはいえ、本は高価なもの。遺跡調査課に属したばかりの彼は、きっと無理して買ってくれたに違いない。その気持ちを、蔑ろにすることなど、やっぱりできないもの……!
私は顔を上げた。身開かれたサクヤの黒い瞳を、恥ずかしいけれど真っ直ぐに見つめる。
「でもそれってサクヤにただ甘えてるだけじゃない。お願いします! って私、今まで都合のいいお願いばかりで、こんなんじゃサクヤに失礼だし、そんな自分はダメだと思うんだ!」
えぇ……それでいいのに……、なんてサクヤがぼやいているけれど、私はあえて無視して海の彼方を見つめる。
「私、やっぱり強くなりたい! 心も力も、もっと強くなって、みんなと肩を並べたいの。サクヤにも、ラーテルさんにも、レトにも、ジャンさんにも。アーミーが必要、アーミーに任せれば大丈夫! って、気兼ねなく頼ってもらえるようになりたい。みんなと一緒にいたいからこそ、悩んで、いじけている今の状況は、ダメだって思うの」
サクヤの手にしていた包みをそっと、彼の方へ押し返す。
「だから、これは今はもらえないよ。泣き虫で、怖がりで、甘ったれの私を卒業できたら……その時に改めて、考えてほしい、な……」
そうだ。いじけている暇はない。足りないところがあったら補うのみ! だ。 悩んでいる暇があるなら努力しろ! たぶんエルクさんがこの場にいたらそう言ってくれただろう。実際前回のダンジョンに入る前、鍛錬している時にも似たようなことを言われたのだった。あの時、決心したはずなのに。それなのに私ったら、泣き虫だし、すぐ落ち込む性格だから目が曇って、忘れちゃって。こういう性格も、治していかないと。そして、こんなウジウジな私を見捨てず、話を聞いてくれて、立ち直るきっかけをくれたサクヤにお礼を言わないと、だ。
「サクヤ、ごめんね。かわいい、も嬉しいけど、かっこいい! って思ってもらえる女性目指して、私もっと頑張るから、ね……!」
サクヤは肩を落として思い切りため息をついた。でも、それ以上包みを押し付けることなく、自分の方へ引き寄せると、困った顔して苦笑する。あれ? なんかサクヤのこの表情。いつものおふざけとは全然違って、ちょっと大人びてて、な、なんか、その。か、カッコイイ?
「うーん、俺さあ。何度も言うけど、アーミーのそういうところ、強いと思うし、す……」
ダメダメ! 何度も言うけれど、相手はセクハラ大王のさ、く、や! なんだからね! なんか夜の海、星空っていうシチュエーションもあってか、変な感情が芽生えそうになり、私はさっき以上に慌てて海へと目をやった。
そして。
水平線? ううん! もっと近いところ! あれは、何!?
磯の岩場のあたりに、黒い人の頭のような丸い影がぽつぽつといくつも波間から顔を出している。白い水しぶきをあげこちらを振り向き、静かに音も立てず黒い影たちが向かってくるのが見えるじゃないか……!?
「サクヤ! あれみて、磯のあたり! あれ、なに!?」
「モンスター、か? 数が多い! やべぇじゃん!」
思わず、サクヤの黒いTシャツの袖を引っ張って立ち上がる。サクヤもすぐに気がついたのだろう。その不穏な影に腰を上げ、すかさず私を背に庇い、右手に力を込めた。その腕を紫電が走った、瞬間だ。
「モンスター!? ですって!?」
「ボクが考えたプレゼント大作戦! おしかったなぁ! いいところまでいってたのにぃ〜。って、ラーテルさぁん、やめてぇ」
背後の岩場から、聞き知った声がして私とサクヤは、目前のモンスターをそのままに倒れそうな勢いで後ろを振り向いた。そこに立っていたのは……。
「ラーテルさん!? れ、レト!?」
えええええええ!! 白いびらびらのかぼちゃパンツのパジャマ姿のレトと、その口を押さえて、立ち尽くしているのは、黒いレースのワンピースを着たラーテルさんじゃない!? って、もしかして、い、今の話、ぜ〜〜んぶ、き、聞かれてたあああああ!?
「盗み聞きとはいい度胸じゃん。あんたら」
サクヤが赤い顔で、口を尖らせ、ジト目で二人を睨んでいる。でも私は怒りよりも、今晩最大級の恥ずかしさに、顔を隠して思わずその場にへたり込んでしまった。
「え、えっとこれは、その! アーミーすみません! 私、一人で出て行ったあなたが心配で! そ、その! 話は後で! い、今はモンスターを!」
って、ラーテルさんも相当な慌てっぷりだ。顔を真っ赤にして、今まで見たこともない狼狽えぶりで、なんとか剣を背後から取り出すとやっとの様子で構える。そ、そうだよね! ま、まずは、 も、モンスター! モンスターだよね!
「よこせ……ニク……もっと、それを……ニオイ……ホシイ」
そうこうしてる間に、岩場にいたはずの黒い影はすぐ目の前の砂浜に迫っている。とりあえず、話は後!
私たちはそちらへと視線を戻し、いつ何が起きてもいいように、身構えたのだった。