まさかの戦力外通告!(2)
「明日、ネトーが、この別荘に来ることになっておる」
え? 町長のネトーさんが、ヘルマさんの別荘に?
「その時にカマかけてみるかの。とりあえずお前さんたちは、明日夜が明けたら、ダンジョンに入る準備をしときんさい」
ヘルマさんの表情は険しい。でも力強く、そう言い渡した。まるで、任せろ、とでもいうかのように。
ネトーさんに印章石を貸してくれるようお願いしてくれるのかな。うまくいくかは分からないけれど、ダンジョンの入口は分かっているのだから、気持ち的にはすぐにでもダンジョンに入りのだけれど!
「海底ダンジョンは通常のダンジョンと違い、湿気も多く、下もぬかるんで危険じゃからのう。そこのジャンに聞いてきちんと装備を整えんさい。裏の物置に装備のびひんがあるからのう」
私達の急く気持ちが伝わったのか、そう言い含められる。
「はい!」
そうか。焦っちゃだめ! まずは準備、だよね。私たちが真剣な顔で返事をすると、その様子を静かに見守っていたジャンさんが腕組みをして、むむ。
「そこでだ。とても言いにくい話なんだが……俺から提案したいことがある」
重々しく口を開いた。私たちは一斉にジャンさんを見る。……提案って、な、なんだろう?
「ヘルマさんから話があったが。今回のダンジョンはかなりの危険であることが予想される。攻略済みダンジョンを探索するのと訳が違う、からね」
真剣な眼差しで、私たちをぐるりと見渡した。うう……実を言うと、前回私たちが入ったダンジョンも、研修用のダンジョンでなく、攻略前のダンジョンだった。それほど大きなものではなかったけれど、危険だったのは言うまでもない。それ以上に危ないかもしれないってことだよね。
「ティーナの魔力を精製、貯蔵しているダンジョンだ。規模はかなりのものになる。ギルドの力を借りたいところだが、そうなれば王都が黙っていない。余計な火種は作りたくない。ゆえに外面状はオウルさん一人で攻略した、という体裁を貫かねばならない」
事情はわかる。ジャンさんの話は続く。
「本来ならプロである俺一人が行くべきなんだろうが、一人で最奥まで到達できるか、と問われれば断言はできない。オウルさんを確実に救出するために、君らの力を借りたい」
もちろん! オウルさんが手こずるダンジョンだもの。ジャンさん一人に任せるなんてできない! 私たちは一も二もなく大きく首を縦に振った。ジャンさんはそれを見て、ありがとう、と頭を下げて、顔を上げて……。え? 何? いま私を見つめて目を逸らした……?
「そこでだ」
そのまま、ラーテルさん、レト、サクヤへと順に視線を移す。
「エルクさんのお墨付きが付いているラーテル、そして噂で聞いたが桁違いの魔力を持つというキミ、サクヤ。そして希少な回復役のレト。新人だが君らの能力はオウルさんを助けるために必要だ。危険を承知して同行を願いたい。しかし」
しかし。その言葉が私の心をえぐる。「しかし」……何?
「アーミー。……失礼を承知で言わせてもらうが、君は攻撃力も、守備力も、これといった特筆する点がない。予想外の何かが起きた場合、他人や自分の身を守れるとは思えない」
……私?
「……私が」
全身から血の気が引き、指先が氷のように冷たくなる。それに反して顔はカッと燃えるように熱くなり、鼓動が激しく胸を打つ。ずっと怖かった。ずっと言われたくないと思っていた言葉を、こんなにもハッキリと、みんなの前で言われてしまった。
悲しくて、悔しいけれど、ジャンさんにいう通り、私に反論する余地はない。私は……他のメンバーと比べて力もない……お荷物。
「君は、このヘルマさんの別荘で、待機してもらえないだろうか」
そ、そんなのイヤ! 私も行きます! 一人で安全な場所で待つなんて出来ない! 私もみんなを守るってラーテルさんと約束したばかりだもの! そう言おうとして、ふと横を向くと。
え……? ラーテルさん?
ラーテルさんはうつむいたまま、ひざの上の手を握りしめている。もしかして……ラーテルさんも私にここにいて欲しいって思っているの……?
私のことお荷物だって、思っていたの……?
「はあぁぁあ? あんた黙って聞いてりゃ俺のアーミーをお荷物みたいに言いやがって!」
気まずい雰囲気を破りまくって、唐突に声が上がった。
驚いて、声のした方を、皆一斉に見やる。席を立ち、隣のジャンさんに身を乗り出し食ってかかっているのは、サ、サクヤ?
「アーミーはなぁ! 確かに飛び抜けた魔力はねえけど、誰よりも優しい! 仲間思いの良い子だ! 悪魔の俺にも優しいんだからな!」
サクヤ……。気持ちはうれしいけれど、それってジャンさんの言っている「戦闘能力」に何も関係もないよ。
「アーミーは人をむやみに差別しない! 悪魔だろうがネオテールだろうが肩書き関係なく人の内面を見れる! そして文章力がある! 歴史を正確に理解し、後世に伝える、数少ない語り部としての能力がある、って旦那が牢屋で褒めてたんだぜ! 今後も危険を承知で冒険には以後必ずつきあってもらいたいって。だから俺は警備役を引き受けたんだ!」
語り部? オウルさん、そんなふうに私のことを見ていてくれていたの? そしてサクヤが私のそばにいてくれるのはそういう理由があってなの?
悲しいやら、驚くやら、ごちゃごちゃな感情を抱えたまま、私はサクヤの怒った顔を見つめ続ける。サクヤ、ありがとうって伝えたいのに。けれど……一度口を開いたら、感情の堰が壊れて、大声で泣き出してしまいそうだよ……。
「それに知識量からくるひらめき! アーミーの思いつきがなきゃ、前回のダンジョンの時、ラーテルサンもレトも、旦那も、あの程度のケガで済まなかったかもしれない。ってか」
サクヤが怒りに燃えた金色の目を伏せる。
「俺は、ここにいなかっただろうな。あのまま生き埋めで死んじまってただろう。だからこそ予測不可能なダンジョンにアーミーの力は必要なんだよ!」
サクヤが手を横に払った。ひし形のピアスが激しく揺れる。
毎日のように、エルクさんやラーテルさんに叱られているサクヤだけれど、声を荒げ反抗したところなど、見たことない。むしろやられるまま楽しんでいる風でもあったのに……。
だから、こんな風に激怒するサクヤを見るなんて、二回目くらいだ。前、初めてエルクさん達に怒鳴りつけた、あのとき以来、いや、あの時以上かもしれない。
「そもそもさあ! ここが安全なんてあんた言いきれんの? 俺たちがダンジョンに潜ってる間にアーミーに何かあったらどうするつもりだ!?」
ジャンさんも、言われるままではない。先輩の威厳を保ち冷静に答える。
「キミがいう通り、ここも安全とは言い切れない。しかし、ダンジョンよりかは安心だ。彼女は自分の身を守れない。ということはメンバーが彼女をサポートする必要がある。そこにパーティーの労力が裂かれるのは痛い」
「そういうことなら心配無用! 俺がアーミーを守るから問題ないないね! ってか、大体さ」
サクヤが腕組みし、凍えるような冷たい視線、でジャンさんを見下した。
「まだ戦ってんのみたことねえけど、アンタ、タンク職だろ? タンクのくせに、ダンジョン入る前から、味方を守れねえかも、とか弱音はいて恥ずかしくねぇわけ?」
ジャンさんも、さすがにこの一言は受け流すことができなかったのだろう。怒りをあらわに、殺気立ち、体を横に向け、サクヤを睨みつける。気配を察したレトが、小さく「ひえっ」と声を上げた。
しかし当の本人、サクヤは少しも動じない。一触即発、凍りつく雰囲気の中、私の隣のラーテルさんを金色の瞳で射抜き、
「な! ラーテルサン!」
唐突に同意を求めた。
ラーテルさんがハッとした表情で顔を上げる。アメジスト色の瞳には明らかに動揺が伺える。でも、サクヤの視線に何かを感じ取ったらしい。大きく息を吐き、いつもの凛とした落ち着いた雰囲気をすぐに取り戻す。
「ええ! 私はメンバーを守るため。エルクさんとともに、修行に励んできました。だから、私は皆を守ります。もちろんアーミーも!」
私を振り返り、ラーテルさんは深く頷き返してくれた。……ラーテルさん……。
「言うのは簡単だ。俺も。昔はそう思っていた。しかし、それを非常事態下でなすのは困難が伴う。精神論ではどうにもならんのだ。誓って言うが、俺は彼女を貶めようとして言っているのではない。……後悔してほしくないのだ。あの時の俺たちのように」
その様子を見ていたジャンさんが、不意に声のトーンを落とした。
ジャンさんがその言葉を発した瞬間、一昨日、寮を後にする、エルクさん、ウルカスさん、そしてジャンさんの寂しげな後ろ姿が急に、思い出される。
彼らが手にしていた、真っ白なスプレーマムの花束も。
ジャンさんは目を伏せ、らしくなく背を丸め、虚ろな視線を、黙ったままの私に再び向けた。
「それなら。彼女自身に聞いてみようじゃないか。ここまで聞いて、君はどう思う? 最終的に君の判断に委ねよう」
ジャンさんは私にイジワルしているのではない。
そんな人なら、エルクさん達があれほど親しげに迎えいれるハズがない。今このときも、王都に目をつけられてもおかしくない、危険な状況下で、オウルさんの救出に手を貸そうとしてくれている。
やむをえぬ事情があって、そう言ってくれているのだろう。
私は一体どうするべきなのだろう。
ダンジョンには悪魔がいるかもしれない。トラウマが克服できていない私は、また怯えて役に立てないかもしれない。
私がケガをするのは仕方ないとしても。
そんな私がついていったら、他のメンバーを危険に晒してしまうかもしれない。私はここで留守番をしておくべきなのかもしれない。
と。
私の手を温かい手が包んだ。顔を上げると、ラーテルさんの大きな手が私の右手を握りしめている。驚いてラーテルさんを見上げる、私のもう片方の手も暖かくなる。これは、レトの手だ。そして私をじっと見つめるサクヤの視線。
一度目を閉じる。ダンジョンは怖い。私に力はない。でも。それでも私は。
私はみんなと一緒に頑張りたい!
「わ、私は……」
顔を上げて、私はジャンさんに、自分の気持ちをハッキリと告げたのだった。