まさかの戦力外通告!(1)
黒のハイネック、シンプルなデザインのシャツを着たジャンさんは、フォークとナイフをテーブルに置いてしまった。
さっきまであんなにニコニコ食べていた料理を目の前に、額に深いしわを寄せている。なんだかとっても困った様子だ。
「この非常時に町の意見は真っ二つに割れ、統率の取れない状態に陥っています。原因不明のトラブルで魔力はの供給は激減、灯台に加え、街灯も消え、客船の運行どころではありません。そのせいで観光客も日に日に減り、生活に支障が出ています。対外的には平常を保ちつつも、町議会は困りきっている状況です」
ティーナも王都と同じ、『魔力』が豊富。いつもなら魔力を光に変換できる『街灯』が、一晩中灯っているらしい。そこに灯台の光が加わって、夜のティーナはまさに『宝石箱』のように光り輝くんだって!
でも今は異常事態。
本来ならヘルマさんのおうちも、ほら! 壁に設置されたランプ! あれも特殊なランプらしいけれど、やっぱり今は使えない。それで代わりに、海鳥のシャンデリアを灯してくれたのだ。
でも私は、このユラユラ揺れるロウソクの灯りや、夜の静かな影も心が落ち着いて好きなんだけれどね。
ってこれは私一個人の意見。町としては一大事だよね……。
今この時でさえ、別荘から海を見渡すと、空と海の境界は暗闇に塗りつぶされている。もちろん船なんて影も形も見えない。深い闇の向こうから、潮騒が絶え間なく聞こえてくるだけだ。
灯台が消えてしまえば、座礁の危険のある陸地のそばを航行するなんて無謀。観光客を運ぶ客船も運行できないよね。
それに、もっともっと心配なのは。
「灯台が消えたことで、近海に追いやられていた原生生物が現れ、船が襲われるケースが増えています。日を追うごとに虹が浜へ迫っているとの報もありまして。一刻を争う事態であることは明白なのですが、それなのに!」
やっぱり! モンスターが増えてきているんだ!
モンスター、つまり原生生物は、なぜか明かりに弱い。野宿する際は、彼らを寄せ付けないために、焚き火は必須とオウルさんに習ったばかりだ。大きな焚き火の代わりの灯台が消えてしまえば、食料が山ほどある町は狙われやすい。町の人達はどんなに不安な夜を過ごしているのだろう……。
ちらりと横を向くと、ラーテルさんが痛ましそうに胸に手を当てた。(あ、レトとサクヤは魚のスープを食べるのに忙しそうだったけれど。うちの男子どもは!)。ジャンさんが苛立ちをあらわにテーブルに置いた手を強く握りしめた。
「王都に一存しているため、余計な手出しは無用、と命が出て、この一大事にギルドは動くことが出来ずにいるのです!」
命令が出ている?? 冒険者ギルドはその命令で、オウルさんの加勢、救助に行けないってこと? そんなの酷すぎる! 一体誰の命令なの??
あっと、その前に。
冒険者ギルドについて簡単に説明しないとだよね。
ギルドっていうのはつまり、同業者の集まり、組合のことをいうそうだ。
このテラ・マーテルにはたくさんのネオテールが住んでいて、たくさんの職業、たくさんのお店がある。もちろん、お店に並べる品を作る職人さんもたくさんいる!
でも、その職人さんの技術や、商品の価格が正しいかって、素人には判断しにくい。
だからして昔、住民は「資格を王都で定め、品質、金額が世界中で一定になるようにしてもらいたい」と要望を王様にだした。で、生まれたのが各々の職業のギルドなんだそうだ。
王様が認めるギルドに所属した職人さんには、技術によってランクと免許が与えられる。新人の職人さんには修行の場も与えられる。ベテランさんは、扱える商品の価格を高くすること許可されるし、王様からすごい仕事を頼まれることもあるんだって!
取得した資格をお店で公表すれば、買う側も職人さんの能力がわかるし、価格も一定になる! みんな、いいことづくめ、だよね!
あ、でも市場が独占されたり? 自由競争が生まれない分、技術自体の進歩が妨げられる? という難はあるとオウルさんはおっしゃっていた……。この辺りもっと私も勉強しなくちゃいけないところなんだけれど……とまあ、難しい話は今は置いといてっと。
で、その数あるギルドの中で、冒険者ギルドっていうのは「冒険者、傭兵の組合」ってことになる。
冒険者も傭兵も、自称「腕利き」って言われても、庶民じゃよく分からない。そこをギルドの職員さんが検分して、冒険者をランク付けしてくれているそうだ。
さらに王都騎士団でさばききれない、各地のモンスター討伐依頼を引き受けることもある。ランク別に所属冒険者に仕事を紹介。討伐後は王都からの報酬を、仲介料を抜いて、冒険者に支払う、っていうのがギルドの役目なんだって。あ、もちろんベテラン冒険者が新米冒険者への指導なども行っているそうだ。
ちなみにギルドの運営は、モンスター退治の報酬や、会員登録費用、王都からの出資で賄われているらしい。
ギルドの本部は王都にあるけれど、各地の大きな都市に支部が置かれている。ギルドのお偉いさん、といえば、ギルドマスター。そしてそのギルドの権力を認め、出資までしている王都の王様。
ってことは。
命令をしたのはギルドの偉い人? それともまさか……王様……??
でもでも! そもそもオウルさんに、ティーナの事件を解決しにいけって命じたのは王様だったよね??
「冒険者ギルドは王都から仕事の斡旋、出資を受けておる。王命でオウルが派遣されているからして、王都の意向を忖度したのかの」
ヘルマさんが、ワインのお酒をなめなめ聞き返すと、ジャンさんが首を振る。
「いやそれが。ギルド側は調査隊を出すべきだと主張をしているのです。なのになぜか町の権力者である町長が、王都が使わした大使のオウルさんに任すべき、手出しは無用と頑なでして」
え? ギルドはオウルさんを助けに行こうとしているのに、町の代表者、一番困っているはずの町長さんがそれを止めているって……。
「ふうむ……」
ヘルマさんまでも、喉の奥でうなり眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。いつもポーカーフェースのヘルマさんにそんな表情をされたら。こっちまで不安な気持ちに駆られてきてしまう。思わず目の前のグラスのジュースを一気に飲み干した。うぇ……気が散って、ジュースの味もしないよ……。
「ギルドに所属するメンツは、ティーナ出身者も多く皆早期解決を望んでいる。俺のようにオウルさんに世話になった連中も多いですしね。しかしティーナのネトー町長に歯止めをかけられとは……」
町の一大事だし、派遣されたオウルさんはたった一人。状況が悪化しているのなら、急ぎ援軍は送ってしかるべきだと思うんだけれど、なぜそれをしないのだろう。
「ネトー、奴はなんと言うておる?」
ヘルマさんが細く目を開け、ジャンさんに視線を送った。
「とりあえず、あと二日待てと。王都に相談し対処はしていると。あと二日は任せようと。それ以降自体が改善せねば、その時はダンジョンへ乗り込もうと」
ジャンさんがすかさず答える。
「二日……」
ありゃ、私とラーテルさんは同じタイミングで同じことをつぶやいてしまった。二日後に何があると言うのかだろう? 二人で首をかしげていると、代わりにヘルマさんが大きなため息をついた。
「二日、つまり来週開かれる都議会の根回し会議が行われる日じゃな……。ネトーのやつ、今まで王都に対し強固な態度を崩さなかったのが裏目に出て、弱みを握られたか」
都会議! た、たしか魔法ギルドが遺跡調査課を管轄するっていうのを決める会議だったよね!
えええ〜〜! じゃあ黒幕はあのイジワルソロル? ってことはオウルさんを孤立させているのも裏で手を引いているのはあのソロルってことぉ!? 彼女、そ、そんなにお偉いさんだったの!? いや、彼女じゃなくて、彼女のお姉さん、サイキさんだっけ??
私が一人、狼狽えている間に、ジャンさんが意味深な視線をヘルマさんに送る。
「ティーナは「魔力」が豊富で、余剰分も他の都市に比べ桁違いです。さらに歴史的な背景から王都もその余剰分に対し、深く追求できずにいた。そこで起きた今回の事件ですからね」
「なるほどのう。これ好機、とばかりに、王都に無理難題、突きつけられておるのかもしれんのぉ」
ヘルマさんが、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「ダンジョンの位置情報は町の重要機密になります。町長の許可が必要なんです。そもそも印章石がなければ入れませんからね。それゆえ、ギルドでは町長に対してかなりの鬱憤が溜まっている様子でした」
ジャンさんの話が終わると、わかった、っとヘルマさんは言葉を切った。
オウルさんを助けるため、と飛び出してきた私たちだけれど、それを妨げる相手がとてつもなく大きな力。王都のお偉いさんや、王様であることが見えてきて、今更ながらぞ〜っと恐ろしくなってきてしまう……。
だ、だからと言ってすごすご帰るワケには行かない。でも……大丈夫かな……。複雑な気持ちも相まって、黙りこくったヘルマさんとジャンさんの顔色を交互に伺っていると、ヘルマさんが急、にくるりっと私たちを振り返った。あまりにも急だったから、私は背もたれにのけぞって、耳をピクピク大袈裟に動かしてしまった。
「で、次はお主らからの話を聞きたい。ダンジョンの手がかりやオウルの足取り、何か見つけてこれたかの?」
「え、あ、はい!」
急に話しかけられたものだから、驚きで、もやもやした不安が吹っ飛んでしまった。
そうだった! 私、報告係を任されていたんだった! 慌てて膝の上のノートを手に立ち上がる。ガタンっとものすごい音がして、ヘルマさんの目が大きく見開かれる。ひゃあ、ごめんなさい! すぐさま苦笑され、身振りで座るように指図され、あたふたと席に着いた。
ううう。緊張するなあ。人前で発表するのが得意でない私はノートを広げ、なるべく皆の視線を気にしないようにしつつ、まとめたことを読み上げることにした。
「わ、私たちは町の名所を回って、オウルさんの足跡、ダンジョンの入口を探してみました」
一度ノートから顔を上げて、みんなの顔を見回す。サクヤとレトもやっとお皿から顔を上げて、私にファイトっとガッツポーズをしてみせてくれた。ははは。ちょっと和むな。ありがとう二人とも。
「それで、一箇所怪しいところがあって。それがここです」
私は町でもらった観光マップに、丸をつけたものを、みんなに見えるようにテーブルに広げた。
「虹ヶ浜の前にある、希望の壁。噴水の中央に大きな記念碑があって、その前に海を背にして、セルキーの像がある場所です」
隣のラーテルさんを見ると、二度大きく頷き返してくれた。うん! 一緒にいきましたものね!
「ラーテルさんと花売りのおばさんに確認を取ったところ、オウルさんの目撃情報が聞けました。それで、その辺りが怪しいんじゃないかなあと……」
ジャンさんが赤銅色の目を光らせ、私を真っ直ぐと見え尋ねる。
「どうして怪しいと思う?」
ひええ! 別に責めたり、脅したりするつもりはないのだろうけれど、詳細な意見を求める厳しい瞳に圧倒されそうになり、息が止まった。まだ「研修生」気分の私と違って、ジャンさんはプロ。彼らが入るダンジョンは、モンスターや悪魔がはびこる危険な場所。下調べはとっても大切なお仕事の一つなのだろう。一瞬その真剣な眼差しに圧倒されそうになり、深呼吸。
大丈夫、みんなでちゃんと調べてまとめて来たのだもの。自信を持って答えよう!
「えっと。理由は二つあります。一つは噴水の水から海水の香りがしたんです。だから海と繋がっているんじゃないかと思いました。あともう一つは、セルキーの像を調べたところ、合わせた手の間に細い隙間があったんです。ちょうど印章石が嵌め込めそうなサイズでした」
それと。
「で、一番大事な印章石のありかですが。石像の前で、コバルトブルーの髪の女性。町長の娘さんのエリカさんだと思うんですが。献花にきていた彼女にお会いして。彼女、胸に虹色の薄い板状のペンダントをしていたんです。あれが恐らくは印章石ではないかと」
「すげえじゃん! アーミー! よく調べてんじゃん!」
サクヤが目の前で、目を輝かせて、大袈裟に拍手して褒めてくれる。うーん、私だけの成果じゃないんだけれどな。
「私だけじゃなくて、みんなで協力して調べた結果だよ!」
でも、こ、ここだけの話、本屋で別れたサクヤと出会ったのは、噴水の調査が終わったあとだったんだけれどね……(一体どこで何をしていたのやら)。
私が答えると同時に、ジャンさんが感心した顔で、やっと笑顔を向けてくれた。
「確かに、よく調べられているな! ギルドでもあらかたダンジョンの入口については検討がついていて、同じ話を聞いてきたところだったんだが……驚いた。君たちはまだ、研修ダンジョンしかクリアしていないんだろう? それなのにこれほどまで正確に当てるとは」
よかったぁ。私はラーテルさん、レトと視線を合わせてにっこり微笑んだ。なんとか納得してもらえたみたいだ。ダンジョンのありかと、鍵となる印章石の持ち主がわかれば、あとは突入するだけ! なのだけれど……。
「だが、印章石を町長側が持っているとなると、ダンジョンを開くのは容易ではなくなりますね」
ジャンさんがアゴに手をやった。そ、そうだよね。どんな事情が不明のままだけれど、ダンジョンに人を入れたがらない町長さん、その娘さんが、鍵の印章石を持っているとなると、快く貸してくれたりはしないだろうしなあ。
私たちが、それぞれ下を向いてしまうと、見かねたのかヘルマさんがパチンッと手を打った。




