別荘に戻ってホウレンソウ、そして……
ダイニングに青い影が差し込んできた頃、飛び交う海鳥の装飾がオシャレなシャンデリアに、火が灯った。
潮風に揺れるオレンジの光は、壁や床、私達、そしてズラリと並べられたごちそうを、オレンジ色に染めている。
あたたかな光に照らし出される、ダイニングにどん、と置かれた縦長のテーブル。そこにところ狭しと並べられた、海の幸がふんだんに使われた豪華なお料理の数々、す!
カゴに入った、匂い球根(この辺りではガーリックって呼ぶらしい)をすりおろしたものと、バターを塗って焼き上げ、パセリンをまぶしたバケット。
すべすべツルツル、海でとれる葉っぱ、海藻と。たっぷりのトマトン、葉野菜に、カリカリに焼いた小さな小魚とガーリックがきかせた卵ソースが添えられたサラダ。
青いお魚と、キノコ、これは……キューリンにそっくりな形のズキニンと呼ばれるウリを薄切りにして、キレイに並べて、お魚のダシのきいたゼリーで固めたテリーヌ。
巨大フライパンに盛られた、黄色のライス、アクセントにピリリと辛いソーセージ、外側は真っ黒、内側が薄紫にかがやくムーン貝という貝と、お魚、プリプリのエビを、ガーリックとハーブを合わせて炊いた、炊き込みご飯。
おっきな赤色のお魚に、たっぷり身こ詰まった巨大ハサミをもったカニに、ハネエビなんかがトマトンと、またまたガーリックでごった煮にされた、目にも鮮やかなお魚スープ。
そしてデザートにはキラキラカラフルなトロピカルフルーツひと口ケーキ……うう。
ゴクリ。
ひざの上に置いた、ティーナの町で調べたことをまとめたノートを思わずぎゅ〜っと握りしめる。作業に集中してる間は気にならなかったんだけれど、そういえば、おやつ、食べてなかったんだ。ランチをとってからかれこれ七時間。私のお腹は悲しいぐらい、しおしおのぺったんこだ。
長テーブルの上座にはヘルマさん。そして、その横にはラーテルさん、わたし、レト。向こう側には、赤い髪に、いつもと違って、珍しくやさしげな顔をしたジャンさんと、私の前にはサクヤが座っている。あ、もお! やだぁ〜! レトもだけれどサクヤも目がテーブルの上の料理に釘付けだ。ちょっとくちびるの端からヨダレが出てるじゃない! って、私も似たような顔をしてるかな? あわてて口元に手をやった。
「おお! 今日もすごいご馳走だな! 探索に出ると保存食ばかりになっちまうから、これはありがたい!」
指先でヨダレがはみ出てないことを確認し、ホッとしていると、ジャンさんの、お腹に響く低音ボイスがダイニングの高い天井に響き渡る。わ、悪気はないんだけれど、身体が大きいからか声もかなり大きいんだよね。耳や鼻の感覚が鋭いレトがビクッとなって、ガタンっと椅子から飛び上がり、拍子にワンピースに特大のヨダレがたれた。やっぱりー! ナプキンで拭くように、レトに合図を送る。
町を探索したあの後、ヘルマさんとの待ち合わせ場所となっていた路地裏で、馬車にそそくさと乗り込むと、幌の中から、「よう!」と声をかけられた。その時もびっくりしたレトが木箱で頭を打っちゃったんだけれど、それがジャンさんだったんだ。ヘルマさんが、用事を済ませたあと、ティーナの冒険ギルドに寄ってジャンさんを先に乗せてきてくれたそうだ。
そうして、私たちはまた、ヘルマさんの別荘へと戻ってきたんだ。
あ。ちなみにジャンさんは、いうまでもなく、レトとサクヤと同室になった。それに関してまたサクヤが半泣きで大騒ぎしてたけれど、部屋がないんだもんしょうがないよね。
そうして、しばらく各自部屋で荷物を下ろしたり、調査内容をまとめ、夜は夕食を食べつつ、調べたことを話し合おうとなって。
で、あっという間にこの時間帯になってしまったんだ。
「とにかく、まずは、冷める前にいただこうかのう。乾杯!」
ヘルマさんが、琥珀色の液体で満たされたワイングラスを掲げる。あれはホワイトグレープのあま〜いお酒なんだって。ジャンさんも同じものを手に取った。私たちはお酒は遠慮して、オレンジ色のトロピカルジュースの入ったグラスを手に取る。
「かんぱい〜!」
静かなダイニングに私たちの声が響く。すぐ続くカトラリーの金属音。はあ〜! やっと! 待ちにまったお食事タイムだあ!
とりあえず、サラダと魚介のスープを取り皿によそってみる。湯気とともに立ち上る、磯とガーリックのいい〜香り!
ティーナの魚料理には、ほとんど全部といっていいほどガーリックや、スパイシーなハーブ、ワインが大量に入っている。見てて量が心配になる量だったけれど、なるほど納得! 魚や貝、カニに強く残る、海臭さと、生臭さを抑えるためだったんだ。
ガーリックやハーブの強く香ばしい香りが、うまい具合に魚介特有の臭みとマッチして、いや〜な生臭さが消え、爽やかな海の香りに変わっている!
これなら匂いに敏感なレトも気にせず食べれるハズ。ってちらっと横を見ると、やっぱり!脇目も触れずモリモリ、ラパエラをスプーンに山盛りにして、口に押し込んでいる。私も負けていられない! なくならないうちに、モリモリ食べなくちゃ!
とりあえずおしゃべりはお預け。ひたすら、スプーンでごはんを口に運んでたいたら、例のメイドさんが、ジュースのおかわりを注いでくれた。
そこでふと思い出す。そうなの。この食事も、このメイドの悪魔さんが、作ってくれたんだよなあ。
じ、実はね。帰って資料をまとめたあと、その。海鮮料理ってどうつくるのか、山育ちの私は興味があって。王都もマロニエ村ほどではないけれど、海からは距離がある。たから市場にあまり魚が並ばないんだよね。並んでも切り身ぐらいなんだ。
だから、ヘルマさんにお願いして、料理を準備するっていう悪魔のメイドさんの様子をコッソリ後ろから覗かせてもらうことにしてね。
ここだけの話、トラウマ克服の荒療治のつもりでもあったんだけれど……。
材料を、決められた分量きちんと用意すれば、あとは作ってくれるってことで、調理場には材料がいっぱい並べてあった。
ヘルマさんの合図で調理が始まると、悪魔は迷うことなく、見事な手さばきで、食材を切ったり、焼いたり、煮たり。お魚のさばき方から、味付けから、私はたくさん学ばせてもらった。
でも……悪魔が振り向いた拍子に、心配して来てくれたラーテルさんの腕にしがみついてしまったり、トラウマ克服に関してはあまり効果なしだった……。
このままだと私……って、いやいや、今はそういう話じゃない!
でね。
不思議って言う気持ちもあるけれど、それよりもね。なんだろう。淡々と仕事する悪魔の眷属をみていたらまた、前に感じた悲しい気持ちがどこからともなくこみあげてきちゃったんだよね。
誰かの命令を聞いてばかりって、辛くないのかな?
こんなにお料理が上手なんだもの。時には自分の好きなものを作ってみたくならないのかな?
前のダンジョンでサクヤも言っていた。
――俺、アーミーの言うことしか聞かないよ?
もやもやがさらに大きくなる。私がお願いすれば強いサクヤはきっと、いつまでも私のそばにいて、あの力で私を。みんなを守ってくれるだろう。そうすれば私は……。
ううん! 何甘えたこと考えているの!? 私ってば!
「で、ギルドはどうじゃった?」
みんなのお腹がこなれてきた、絶妙のタイミングでヘルマさんが切り出した。
心のもやもやをあわてて振り払い、顔を上げると、ジャンさんが、白身魚のグリルの刺さったフォークお皿にをおき、背筋を正した。
「それが……街の一大事にもか関わらず、ギルドとは町の責任者である町長の足並みが揃っていない。特に町長側の動きが全く意味不明でして」
ジャンさんは、パタパタまるい耳を動かし、赤い髪をぐしゃぐしゃにして、眉根を寄せた。すごくなにかに憤っている様子だ。
意味不明?? 私達は顔を見合わせて、続くジャンさんのお話に、じい〜っとそれぞれの耳を傾けた。




