調査 in 虹ヶ浜!(2)
おばあさんが、ぽんっと手を叩いた。
「はいはい! 見ましたよ! 長髪の殿方ね」
やった! やったあ!! やっと、オウルさんの足跡をたどれた!
大きな声で「やったあ!」って、叫びたいところだけれど、目立っちゃいけないからね。懸命に口を閉じて、瞬きすると、ラーテルさんも、水色の髪を揺らして、目を潤ませながら何度も大きく頷く。よかった! 二人で顔を見合わせ、喜びをかみ締めていると、
「ちょっとどこかで見かけたような気がした殿方だったのよねぇ。ええ、ええ。覚えているわ」
そう言って、おばあさんは、小首をかしげた。どこかで見かけたような? 前に会われたことがあるのかな? 私も首をかしげると、おばあさんは、さて、どこだったかしらね? と困ったようにほほえみながら、セルキーの像を仰ぎ見た。
「ここでお花を買われてね。献花台の前でお供えされた後、セルキーの像をしばらくじっと見上げていましたよ」
私たちも、おばあさんと一緒にセルキーの像を改めて眺める。献花に訪れる人々の群れの中に、いるはずのないオウルさんの姿が見えそうな気がしてしまって。
オウルさん! 早く、会いたい! です……。
ここ数週間、ずっとおさえこんできた、会いたい気持ちがあふれ出し、涙がこぼれそうになってしまった。唇をギュッとかんで、なんとかこらえる。
そういえば、エルクさんは、ティーナはオウルさんと縁の深い町だと言っておられた。どういった縁かはわからないけれど、像を見上げていたってことは、オウルさんは、セルキーと何か繋がりがあるのかもしれない。
うーん、でも。セルキーって千年も前の人だよね。オウルさんが悪魔だからといって、まさかそんな長生きなワケがないものなあ。
とりあえず、オウルさんのおられるダンジョンに入るヒントが、この辺りにあるに違いないことはわかった! これは大きな収穫だ!
「ありがとうございます! 私たちも献花してきます!」
「ありがとうございました」
そうとわかれば、もっとよくよくこの場所を調べてみないとだ! ラーテルさんとうなずきあい、大きな声でおばあさんにお礼をして、その場を離れようとした瞬間!
「あ、ちょっと待ってちょうだい! あなたたち、この町の人でないのでしょ? なら、これをあげましょう」
おばあさんに引き止められてしまった。
一歩、石畳に大きく踏み出した足をとどめて、よろめいていると、目の前に、とてもカラフルな色のポスターが差し出された。
「毎年、大々的ではないけれど、セルキーと悪魔を慰めるイベントがあってね」
『6月25日ごろ 18時〜 歌姫祭』とでかでかと日時の書かれたポスターだ。
でも、あれれ? 今日は確か28日のはず。だからこのポスターにあるイベントはすでに終わってしまっているんじゃないのかな。あ、でも、ポスターの日にちは、『25日ごろ』って書いてあるからして、まだってことなのかしら? 結構大きいイベントのようなのに『ごろ』って一体。目を細める私に、花売りのおばあさんが、すかさず説明をくれた。
「歌姫祭はね、千年も前から毎年、セルキーの霊が海に起こすとされる、不可思議な現象に、私達が祈りを捧げる、というものなの。いつ起きるからはセルキー次第。だから、こういうかたちでしか書けないの。今年は例年より遅れているようだから、まだ見られるチャンスがあるわ!」
日にちが決まっていない? セルキーの霊? 不可思議な現象?? 初耳の単語ばかりで、謎は深まるばりだ。ポスターを、見下ろす眉がどんどんハの字になってしまう。
「要は、そのポスターにあるように、夜、星空に向かい、一筋の虹色の光が海底から放たれるの。それを合図に、約一時間、あの、悪魔が姿を変えたとされる堤防のあたりの海が、一面青く光り輝くの」
おばあさんは曲がった腰に手を当て、背筋を伸ばし、気持ちのいい潮風に目を閉じた。
「どうしてこんなことが起きるのかは、誰もわからないの。でも、毎年必ず起こる。まるで海に眠るセルキーの霊が目をさましたかのようで、それはそれは神秘的な光景でね」
手渡されたポスターには、版画絵で、青白く光り輝く海と、その海から夜空に向かい放たれる、虹色に光が描かれている。本当だ……。眠っていたセルキーが目を覚まし、手にした虹色の槍を空に高く掲げているようにも見える。このポスターに書いてある通りのことが起きるというのなら、ずいぶん壮大な現象だ。これは確かに、みてみたいかも!
ポスターをさらによく読むと、なるほど。このイベントは日時に確約は持てません、と明記されている。そしてその下に、その現象が起きた際には、この広場、この噴水のあたりで、セルキーの子孫とされる『エリカ』さん、と言う女性が、海に向かい、代々港町に伝えられる、セルキーを讃える曲を歌うもと書かれている。
「セルキーのご子孫! 聞いたことあります。町長さんの娘さん、ですよね? エリカさんっていうお名前なんですね」
私がポスターから顔を上げると、おばあさんの口元から、笑みがこぼれた。
「そう! セルキーの血を受け継いで、とっても歌がお上手なの。海のようなコバルトブルーの髪をしてね。あの記念碑の前で、セルキーの姿を彷彿とさせる美しい声を響かせて。滞在中、あなた達も見られるといいわね!」
ポスターを手に、おばあさんによくよくお礼を言って、私達はその場を離れた。セルキーの像の前に歩みを進めながら、小さい声で、話し合う。
「オウルさん、ここにきていたんですね!」
ラーテルさんも、嬉しくて仕方ないといった顔で、
「ええ! ということはこの辺りが怪しいということですね! ダンジョンの入口があるかもしれません!」
と、意気込んで答える。
でも、みた感じダンジョンに繋がる扉、みたいなものは見当たらないんだよなぁ。
前に王都のダンジョンに入った時は、大きな扉と、その前にある小さな台座に印章石をかざす事で扉が開いた。一見するとあの噴水の壁は怪しいけれど、壁は壁。向こう側はティーナの港町が広がっているだけだ。それに印章石を置く台座も、噴水の前にはないし。
「オウルさんがここに居られた、ということがそれを証明している。手がかりを探さないと!」
ラーテルさんが、強く手を胸の前で握りしめる。
「そうですね。献花したら、もっと周囲を詳しく調べてみましょう」
ラーテルさんの言うとおり、絶対ここには何かある! 私もそう思う! でもその何かがわからない! 早くなんとかダンジョンを見つけてオウルさんを助けたい! と焦る気持ちと、なら一体どうすればいいの? という途方に暮れた気持ちで、ごっちゃごっちゃになり、私は頭を抱えた。
こういう時は、頭の中を整理整頓!
えっと、そういえば! エルクさんが、出発前にヒントをくれたじゃないか。ティーナの町で研修をしたチームがいたこと。彼らにオウルさんは何て言ったんだっけ?
『偉人の声を聞け』
そう、そうおっしゃって伝記を読むように課題を出されたと聞いた。偉人の声を聞け。うーん、うーーん……!
胸の前で、腕を組んで考え事をしながら、ラーテルさんと一緒にもう一度、セルキーの像の前に立つ。献花台にキュートピーをのせ手を合わせて、下からもう一度セルキーの像を見上げて、さっき気になった箇所をもう一度よく見てみようとした、途端だ!
どん!
イタタ! 私の肘が、誰かにぶつかってしまった!
「あ! す、す、す、すみません!」
いっけない! 私って、一つのことに集中するとつい周りのことが見えなくなってしまうから。前回のイジワルソロルみたいなことにならないように、慌てて即刻、頭を下げたのだ、けれど。
「危ないではないですか! 何をなさるんですか!」
うう。さっそくお叱りを受けてしまった。そ〜っと下げていた頭を上げると。あわわ! 目の前には私より少し背の低く、年齢も若そうな……そうだなぁ。十二歳くらいの女性が右手を腰に、左手で頭のてっぺんをなで、ほっぺをパンパンに膨らませ怒っている。
日焼けした褐色の肌に、夏の森の色みたいな、勝ち気な明るい緑の瞳。そして、彼方に見える海そっくりの鮮やかな青の髪のポニーテール。鮮やかな青、つまりコバルトブルー! ってことは、こ、こ、こここ、この女の子ってもしかして?
「あなたはもしかして、エリ……」
私がその少女に声をかけようとしたのと同時だ。
「……あなたは……そんなことをしたくはないハズです」
ん? 聞き覚えがあるのだけれど、聞いたことのないような真面目な声色に、私とラーテルさんは顔を見合わせて、声がした台座を振り向いた。
セルキーの像の乗る台座の影から、人影が現れる。
けぶるような巻き毛の豊かな金髪。海の上に広がる空のように青く澄んだ瞳、薄いピンクの裾の長い衣装をまとった、とんでもなく美しいじょせ……うーん。女性、じゃないんだよなぁ。
もし私が彼女? いやいや、彼のことを知らなかったら、セルキーが生き返った! って、驚き慌てふためいたかもしれない。でも私は遺跡調査課のメンバー。この人物がそんなんじゃないことを知っている。ふと横を見ると、ラーテルさんも、深ーいため息を付き、おでこに手を当てて、すっごく疲れた顔をしている。
「もう〜! どこに行ったかと思えば、レトってば! 遊んでないでちゃんと……」
急に、いなくなったりしたから、サクヤのところに戻ったのかと思えば、こんなところで私達を驚かそうふざけて隠れたりして!
「ふざけてないよお〜、ボクもちゃんと像を調べていたんだからねぇ〜! でもすっごくソックリだったでしょぉ?」
食堂で読んであげた絵本の内容、覚えていたんだ……じゃなくって! 結局ふざけてるじゃない! 腰に手を当てて、もう一言真面目にやって! って声をあげようとすると。
「きゃあ!!」
悲鳴が上がった。今のは、私やラーテルさんではない。横を向けば、ついさっき私に対してカンカンに怒っていたコバルトブルーの髪の少女が、垂れたベージュの耳を上げ、小刻みしっぽをふるわせ、レトを見つめたまま、恐慌状態に陥っているじゃないか!
「あ! あの、この子は」
私の友達のレトっていって、って説明しようとした瞬間、一つ高く結ったポニーテールを大きく揺らし、身を翻す。その瞬間、白のレースをあしらったサマードレスの胸元にキラリと光る、透明な五センチくらいの薄い板が繋がれたペンダントが見えた!
「あ! ちょっと!」
「あれれ?? あの子一体だあれぇ?」
慌てて引き止めようと手を伸ばしたけれど、私の指は彼女のふわふわの袖のレースに触れただけで、わずかに間に合わず、女の子は大通りの人混みに姿を消してしまった。
彼女こそがきっと、さっき話にでたセルキーの子孫、エリカさんに違いない。そしてその胸に輝いていたのは。
印章石だった……!
「レト! なんてことをしているんですか! 部外者を驚かせてしまったではないですか!」
「ご、ごめんなさあい」
ラーテルさんに叱られて、しゅんとするレトをそのままに、しばらく私は目が離せず、彼女が消えたメインストリートの方角をじっと見つめ続けたまま、立ち尽くしてしまったのだった。




