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My らいとにんぐ ♡ Lady2 オウルさんを救出せよ!潮風が誘うヒミツの海底ダンジョン  作者: 佐伯 みかん
第二章 潜入! 悪魔の眷属と癒しの女神に守られしティーナの町
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調査 in 虹ヶ浜!(1)

 メインストリートをまっすぐ南に下ると、東西を繋ぐ大通りにぶつかった。


「これが、虹ヶ浜、ですね!」


 わわ! 興奮で思ったより大きな声を出してしまった。目立っちゃダメなのに! 慌てて唇に手を当てる。


 正面を遠く見渡せばそこは、ティーナが誇るベイリゾートが広がっている。日差しを照り返し、まぶしく輝く白浜と、エメラルドグリーンの波。凪いで静かな海の水は、遠くへ行くほど、濃く深いコバルトブルーへと色を変えていく。海の水は透明だと聞いたけれど、どういう仕掛けなんだろう?? すごーく不思議だ!


 セルキーの生まれ故郷で、生涯愛し続けたとされる、海の宝石箱、ティーナの町。


 神様の絵筆で彩られた『虹ヶ浜』を目前にして、私はその美しさに、あっという間に魅入られてしまった。


 耳をこれ以上ないくらいにピンと立てると、ざあ〜、ざあ〜、と繰り返す潮騒と共に、波打ち際からソーダーによく似た泡の弾ける音がする。そこにカラフルな水着姿の人たちが、海遊びを楽しむ明るい声が乗っかってきて……。


 うう! 一瞬、いいなあ、なんてバカみたいな考えがむくむく頭をもたげてきて、ダメダメ! 目をぎゅっとつむった。


 今この瞬間も一人、この町のどこかにある暗いダンジョンの奥で、オウルさんは頑張っておられる! ケガをされたりする前に! ううん! そ、そんなこと考えたくないけれど、とにかく急いでお手伝いに行きたい! 助けに行かなくちゃ! 私にとってオウルさんは、優しくて大好きな先生、大切な人だし、もちろん、サクヤや、レトにとってもそうだ。 


 そして何より、横でなんともないふうを装いながらも、そわそわ落ち着かないラーテルさんのためにも!


 瞬きして、一つ深呼吸する!


 ラーテルさんと肩を並べ、これ以上気を散らさないよう集中し、念入りにあたりを見渡す。こうしてよくよくみると、浜辺に出ているヒトは、聞いた話より少く、まばらだ。


 私たちはこの町に来たばかりだからして、まだ、この町の夜の異変を見てない。けれど灯台がつかなかったら、夜の船の運航にも支障が出ているはずだ。人の往来にも影響が出ているんだろう。


 浜辺からさらに水平線の彼方に目線をやると、絵本に出てきた、津波から町を守るために、悪魔が姿を変えたとされる堤防が視界に映る。


 こうして間近で見ると、まるで、アマデトワールの王城の城壁の縮小版みたいだ。港町側と、少し離れて海側に二列、薄灰色の堤が波間に見え隠れしている。今もああして悪魔は、セルキーの愛した町を守り続けているんだ。彼女が亡くなったあともずっと……。


 海もそうだけれど、悪魔って不思議、だよね。ヘルマさんから悪魔に階層があると新たに聞いて、色々な悪魔がいるというのはわかってきたけれど、敵かと思えばああやって、命をかけてネオテールを守ってくれたりする。


 世間一般の常識として『悪魔は邪悪で、危険な存在、ネオテールの敵』と私は学校で教え込まれてきた。王都に行く前に襲われたあの不吉な悪魔こそが、私の悪魔のイメージそのものだったんだ。


 でも、あの優しく物静か、一見ネオテールとなんら変わりのないオウルさんも悪魔だし、セクハラ大王という問題だけ除けば、私たちを守ろうと、悪魔の前に立ちはだかってくれたサクヤも悪魔だ。


 そもそもオウルさんは、ティーナの異変を解決するためにここに来られた。それってネオテールを助ける為でもあるんだよね。


 悪魔の正体って一体何なのかしら? そもそも悪魔って……。



 『本当にネオテールに仇をなす存在なのかな?』



 今、答えが出せるわけがないのに、ぐるぐる螺旋を描く思考の沼にはまり込みそうになってしまう。もし悪魔が危険なものでないとしたら、私の大好きな『ネオテールの伝説』はウソを書いているということになる。そんなの信じたくない! っていう気持ちと、でも……もしそうだとするなら、なんでウソを書いて、ネオテールの子孫を騙そうとするのだろう? という疑問とが同時に浮かんで、混乱してきてしまう。


「アーミー、記念碑を調べてみませんか?」


 ラーテルさんに不意に声をかけられ、私はなんとか、沼から這い出すことができた。


「そうですね! 調べてみましょう」


 オウルさんは、じき話をする、とおっしゃっていた。それがどんな内容か、今はわからないし、気になるけれど、その真実が受け止められるように、私は自分の目で、自分の耳で、世界をきちんと理解しなくちゃならないんだよね。


 ラーテルさんに返事をし、モヤモヤを一旦手放して。今度は私たちが今立つ、広場をぐるりと見渡してみた。


 そう! 私達は今、町を南北に縦断するメインストリートと、東西の港をつなぐ横断する大通りがぶつかる、交差点の真ん中にある広場に立っている。だからして、振り返れば町が、前を向けば広大で美しい海が一望できるというワケだ。


 馬車やヒトの行き交う交差点の中央にあるこの場所は、円状の広場となっていて、記念碑が立てられている。オレンジ色の花びらの中心に、そばかすみたいな斑点のある、浜辺に咲くユリ、『ハマユリ』が植えられた花壇の中央、白い大理石で作られた大きな噴水と、白い美しい髪を潮風になびかせるセルキーの像が据えられているのが見えるでしょ?


「これが、記念碑! すごく大きいですね!」


 噴水に駆け寄り、私はその縁に手をかけ、首をのけぞらせ、記念碑を見上げた。ん? この噴水、普通のものとだいぶ見た目が変わっている。


 普通、『噴水』って言ったら、大きな円形の池の中央で、高く水が噴き上がっているものを想像するじゃない? でもこれは全然違う。大理石で作られた、大きな円形の池、というのはその通りなのだけれど、中央にあるのは、これまた大きな大理石の『壁』なんだ。


 幅二メートル、高さ三メートル弱の大きな大理石の板。水はその板の『下』のあたりから、こんこんと沸きでているだけで、噴き上げてはいない。くんくん。レトじゃないけれど匂いを嗅いでみると、海風に含まれる独特の、しょっぱい匂いがする。これは真水じゃない、『海水』だ!


 板には上から下まで、ずらひと文字が彫られている。えっと……これって確か、私が持っている伝説の書のセルキーの章に書かれていたものと同じだ。絵本にもあったでしょ? 海からやってきた巨大な悪魔に、セルキーが立ち向かった時のお話。その時味方になった悪魔が、壁となってくれたおかげで、大きな津波から町は守られたんだよね。


「悪魔は膝まずき、忠誠を誓う。セルキーの歌声は、絶望を希望へと変える……」


 最後の一文、際立って太く書かれた箇所を読み上げてみる。もっとも有名な伝説の一文だ。


「この噴水は『希望の壁』と、呼ばれているようですね」


 水色の髪をしたラーテルさんも、私の隣で同じように噴水を見上げている。そして二人して、噴水に向かい合うようにして、海を背に立つ白い女性の像へと振り向いた。


「そして。あれがセルキーの像」


 噴水から五メートルは離れているかな? たくさんの海ユリが備られた献花台のさらに奥、私の身長ほどある高さの台座の上に、白い石をで作られた彫像が置かれている。


 石を彫って作られた、というのが信じられないくらいに、繊細に象られた豊かな髪。筋整の取れた体に、甲冑を着込み、キリッと上がった眉に、目鼻立ちがハッキリした美しい顔の女性。セルキーってこんな顔をしていたんだ。出で立ちは勇ましいけれど、懐の深そうな、優しげな眼差しをしている。


 トレードマークの槍は手にしておらず、かわりに両手を胸の前で組んで、向かい側の噴水、つまり悪魔の真正面に立ち、整った口元を固く閉ざしている


 閉ざしている? うーん、なんだか妙な違和感が……。


 私は像の真正面に陣取って、じっと彼女の手元を見つめてみた。あれれ? なんだか妙にきれいな形をした、長方形の隙間が空いているような?


「アーミー! あちらにお花屋さんがあります。オウルさんを見かけなかったか聞いてみませんか?」


 眉間にシワを寄せてじ〜っと見上げていると、ラーテルさんに肩を叩かれた。驚いて振り返る。


「あ、はい!」


 とりあえずあの隙間のことは心の片隅に置いておくとして。私はラーテルさんの後を追い、噴水の隣、色とりどりのお花を積んだ手押しワゴンのお花屋さんのおばあさんに、話を聞くために、駆け出した。


「あの、すみません」


 木造りのワゴンの前には、赤の生地に白い花柄のワンピース、麦わら帽子姿の腰の曲がったおばあさんが立っている。日焼けした肌の深いシワの奥に、海と同じ色した瞳が、優しい光をたたえていて、話しやすそう。お仕事の邪魔にならない程度に色々尋ねられそうだ。


「はいはい、献花ですね。何色がいいかしら?」

「ピンク色のお花を二本、お願いします」


 ラーテルさんと目配せしつつ、ポッケから、がま口財布を出し、硬貨と交換にお花を受け取る。オウルさんの髪の色にちなんで、ピンクを選んでみた。


 ……どうか一日でも、一秒でも早く見つけられますように! セルキー、力を貸してください! 


 心の中で祈りつつ、あまい香りのする、ピンクの『キュートピー』というお花を受け取った。お話をするなら今、このタイミングしかない。


「あの、実は。し、親戚が二、三週間前なのですけれど、ここでお花を買ったと聞いて来てみました。とても素敵なお花だったって」

「あらま! そうなの? それはうれしいわ! どんな方だったかしら?」


 ぱっと表情を輝かせるおばあさんに、ちょっぴり罪悪感が生まれる。前にも言ったけれど、私はウソをつくのが得意じゃない。でも何かの拍子に私たちの正体がバレたりしたら大変だから、上司だなんて言えなくて。笑顔を崩さないように、必死に誤魔化しながら、話を続ける。


「ストロベリーブロンドの、背の高い、中性的な顔立ちの男性なのですけれど」


 そういうと、おばあさんは、頬に手を当て、空を見上げた。一生懸命、記憶の断片を探ってくれているのがわかる。今まで灯台や、トラムの駅など、目星をつけた場所にあるお店の人などに同じことを聞いてきた。けれどオウルさんを見たという人とは未だ出会えていなくってね。


 ラーテルさん、そして私も、期待を込めた眼差しで、グッと身を乗り出し、おばあさんの返答を待つ。


 

 と。


 おばあさんが、シワシワの口元をほころばせて、微笑んで……??



 

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