メイドの悪魔??
窓から差し込む日差しに、黒光りする半球状の頭。そして筒状の身体。足には車輪がついており、歯車音と響かせ私を振り返った。
細い金属の棒腕の先に、金属をさらに細く割いて折り曲げた五本の指のようなものがついている。指をカップの持ち手にかけると、キシキシと胸が騒めく嫌な音がした。ヒトの見た目をしているけれど、ヒトじゃない。命がないハズのモノが動いている。それが……言い知れぬ恐怖をかき立てる。全身の血が逆流し、しっぽの毛が逆立った。
早く逃げなくちゃ! 身体に懸命に命令しているのに、足は床に刺さったみたいに、う、動かない! 上半身だけ無理に動かしてみるけれど、きゃ! そのままドスンと、床にしりもちを付いてしまった。
「アーミー! これは!?」
倒れた私の背後からラーテルさんが飛び込んでくる。そして悪魔を見つけると即座に、私を背にかばい、一歩踏み出し、臨戦姿勢をとった。ダメ! ラーテルさん! 素手でなんて絶対ムリ! あの夜の馬車の馬みたいになてしまう! と、とにかく、逃げなくちゃ! そう伝えたいのに情けないことに、口が回らない! 「あ、あ、あ」だなんて! し、しっかりしてよ、私!
「アーミー! どうした!?」
「アーミぃい! 大丈夫ぅう!?」
また声がする! サクヤとレト!? レトも悪魔を目にして、「ひやあ」と声を上げて、私の横にしりもちをついてしまった。でも「あわわわ」と声を震わせながらも這ってきて、私の手を取りあげた。ケガをしてないか診てくれているんだ。
「下がれ、ラーテルサン! これぐらいなら俺だけで」
サクヤが、走り出て、ラーテルさんの横に並ぶ。彼の黒いピアスが一度光り、かざした右手に青白い閃光が走る。雷の魔法を使うつもり? でも私、サクヤに魔力を渡していない。あのダンジョンの時みたいに、一撃で倒せるとは限らない。反撃を受けたりしたら、タダじゃ済まない!
サクヤに魔力を渡さなくちゃ! 私も這っていこうとしたのに。ああ、もうっ! やっぱり身体がいうことをきかない。動いて! 仲間がケガしてしまう! 私は、それでいいの!? 声なき声で必死に自分を叱りつける。でも……前回のダンジョンで、一人で悪魔に襲われたときの恐怖が、記憶の片隅からゆっくりとにじみ出てきて、弱い心が、身体を侵食していく。
ーー……イヤ、コワイ……ニゲナクチャ、ニゲタイ!
ううん! ダメ! ラーテルさんと約束したばかりじゃない! 私もラーテルさんを、みんなを守るって! 思いっきり握り締めた拳で、自分の足を力一杯叩く。私も戦う! 動けっ! 動いてっ! お願い……おねがい……!!
「何をやっとるかーー!」
突如、背後から全員一斉に身体を震わせる程の音量で、雷が落ちた。
これでもか! と威勢のいいシワがれ声がキッチンいっぱいに轟く。ラーテルさんも、私も、レトもしっぽの毛を逆立てて、驚いて振り返った。そこには腰に手を当て、カンカンに怒った顔したヘルマさんが、仁王立ちになっているじゃないか。
そのまま、ツカツカとご年配とは思えぬ速さで歩み寄ると、右腕に青い閃光を纏わせ、魔力を解放する寸前のサクヤの背中の前で軽やかにジャンプ、
「いってええええ!」
引き締まったお尻を力いっぱい引っ叩いた。い、いい音。って、違う違う。これは……痛そう……。
「それを引っ込めんか、大バカもんが! これはワシが雇っている家政婦、メイドじゃメイド! 壊したらお前の給料差し押さえて、賠償してもらうからの!」
え? 今ヘルマさん、なんて言った?
「か、家政婦!?」「メイドおぉお?」
私とレト、ラーテルさん、おシリに手をやったサクヤが、口々に声を上げる。家政婦さん? この悪魔、ヘルマさんが雇っているメイドさんなの!? あ、悪魔って、サクヤとオウルさんは別として、こういうタイプは、見境なく人に襲いかかってくるものとばかり……そ、そんなのをメイドにしちゃっていいの!?
「屋敷の手入れを頼んでおる。簡単なメニューであれば、材料を渡せば作れるし、お茶も入れてくれる。余計なことを喋らんし、言われたことしかせん。それを証拠にお前たちの客室、きちんと掃除されていたじゃろう?」
私たちは、口を開けてポカーンとした表情のまま、天井に視線をあげた。
言われた通り、二階の部屋は手入れが行き届いていて、清潔だった。目前の黒い悪魔は、狼狽る私たちなど、はなから興味なさげに、頭についた赤いランプをチカチカ三回点滅させ、鼻歌を歌い出しそうな呑気さで、ティーカップに紅茶を注いでいる。
何をどう質問したらいいのやら。
呆然と、ヘルマさんと悪魔を交互に見ていると、ヘルマさんは不思議そうに私たちを見上げ、そして。ああ、と、ため息を吐いた。
「なるほど、お主ら新人だったか。オウルめ、そこまで説明する余裕がなかった、か」
と小さく溢した。
「とりあえずホールのダイニングにつきなさい。簡単に説明をしてあげるかの」
ヘルマさんは私たちを置いてキッチンを出て行ってしまった。
異質な存在だけれど、無害な相手を壊す訳にもいかない。釈然としないながらも、お互い顔を見合わせ、部屋を後にしようと悪魔に背を向けた。私も安全と聞いて、気持ちが落ち着いたみたい……なんとか立ち上がれた。ヘラヘラ近寄って来るサクヤを軽く押し除け、フラつく私の手を、ラーテルさんが支えてくれる。
「アーミー、びっくりしましたね。大丈夫ですか? ケガは?」
「大丈夫みたいだよぉ。どこも〜、血が出ているところはないみたいぃ!」
レトで笑顔を向けられて、私は慌てて頷き返す。
「うん、レトの言う通り、大丈夫です。……ありがとうございます」
心配してくれて、普段ならうれしいのに、私は申し訳ない気持ちが先立って、二人に顔を上げられず、俯いた。この悪魔は危害を加えないタイプだったからよかったものの、ダンジョンや、あの夜に現れていたヤツだったら、ラーテルさんも、サクヤも無傷じゃすまなかっただろう。
それなのに。
私。今、恐怖で何もできなかった。前のダンジョンの時は、みんなを守ろうと、一人で行動できたし、戦えたのに。
握りしめた拳は、いまだ恐怖で小刻みに情けなく震えている。弱虫な自分を見たくなくて、自分の手を強く払った。
私……一体どうしちゃったんだろう……?




