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My らいとにんぐ ♡ Lady2 オウルさんを救出せよ!潮風が誘うヒミツの海底ダンジョン  作者: 佐伯 みかん
第一章 行方不明のオウルさんを救え!命がけの王都脱出
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初めて見る海、そして到着! 海の宝石箱ティーナの町

 荷台に足を掛け幌から顔を覗かせると、わわっ! 向かい風におさげが舞い上げられてしまった。慌てて手で押さえる。


 走る馬車の左側は今しがた抜けてきた森。そして右を向けばそこは断崖絶壁。正面には遠く連なる崖下が見渡せる。ひええ、何十メートルあるのかな? かなりの高さだ。崖下から続く紺碧色した水たまりは、空と海とが出会うあの水平線の彼方まで、遥か遠くどこまでも続いている。池でもないし、湖でもない大きな水溜り……これが海? なんだよね。


「アーミー、大丈夫ですか?」


 山育ちで、生まれて初めて海を目にした私は、その圧倒的な広さにめまいを起こしてしまって……。慌てふためいたラーテルさんの声がして温かい手に肩を支えられる。「す、すみません!」と謝ったものの、視線は海に釘付けで離すことができない。


「こ、これが海、なんですね」


 水平線に近い波間には、空高く上る太陽から降り注がれた陽射しがきらめいている。まるで砕いた鏡の欠片を散らしたみたい。乱反射する光がまぶしくて目を細め右手をかざしていると、絶え間なく聞こえる水音にやっと気が付いた。……これが潮騒っていうのかな? 滝の音とも、川の音とも違う、ザザ〜ザザ〜って繰り返される、初めて聴くのにどこか懐かしい波の音。耳を澄まして目を閉じ聞き入ってしまう。


 そうしていると、海から流れ込む、湿っぽくて独特の香りのする風を頬に感じて……あ! これって! 山や王都ではなかなか手に入らない「海魚」を料理するとき、お鍋から漂ってく匂いそっくりだ。そっかあ、海に住む生き物だから、海の香りが染み込んでいたんだね。


 再び目を開けて、視界に収まりきらない海原を改めて眺めた。山も折り重なり連なっている姿をみれば果てしなく感じるけど、あちらは踏みしめれる地面がある。でも海はあれ全部、水なんだよね? もし落ちてしまったら、そのまま溺れて、沈んで、助からないに違いない。大海の一滴なんて言うけれど、きっと誰にも見つけてもらえなくて……。


「どうした? アーミー?」


 サクヤが向こう側の御者台から、両腕で自分の肩を抱いた私を、気遣わしげに覗き込んでくる。


「海って、すごくキレイなんだけれど、どこまでも無限に続いていて、少し怖くなっちゃって」


 レトがふわふわの金髪を潮風になびかせ、サクヤの隣で、ぽんっと手を打った。


「わかるよぉお〜。驚いちゃうよね〜。ボクもぉ、山育ちでぇ、二年前、初めて家族旅行で海に行ったとき、怖くなっちゃってぇ、すごいびっくりしちゃったもの」


 そっか、レトも山育ちだものね。ラーテルさんも私の肩を優しく撫でながら大きく頷いてくれる。


「私も母が存命だった頃、一度、海に来たことがあるのですが、最初はとても驚いたものです」


 なるほど、これって自然な感情なんだ。二人に共感してもらえて、やっと気持ちが落ち着いてきた……んだけど。サクヤまでもが大袈裟に腕を組み、首を縦に振り、親指を立てて、いつものあの不敵笑みを浮かべ始めたもんだから、再び身体に力が入っててしまう。


「心配ないって! もし海に投げ出されたりしても、ゼッタイ助けてやるからさ! 俺泳げるし! 俺につかまれば大丈夫!」


 ラーテルさんが私を自分の胸へと引き寄せながら、半目でサクヤをにらむ。


「その頼りの救命用具に噛みつかれたのでは、お話になりません」

「サメじゃねえし噛み付くかよ! こう〜やさし〜く、ぎゅ〜っと抱きしめて、人工呼吸を」


 じ、じんこう? 何それ? って聞こうとしてやめた。あの顔からして、またロクでもないことを考えているのは間違いなさそうだもの。


「ねえ〜サクヤ〜そのぉ〜ジンコウ〜ってなあにい?」

「それはなあ、溺れて息ができなくなっちゃった相手にこう、チュウとだなあ」

「レト、それ以上の質問は無用です。破廉恥な行為は許しません! 恥を知りなさい!」

「破廉恥じゃねえよ! れっきとした人命救助だかんな!」


 はあ……また始まっちゃった。取り残された私は、同じく、やれやれといった表情で騒々しい私たちの間にちょこんと座り、二頭の馬の手綱を引くヘルマさんを見下ろした。前回お会いした時と同じ、グレイの髪を頭の上に一つ、お団子にしてまとめ、そのお団子を挟んで生える、風にはためく大きくまあるい耳。今この時じゃないとタイミングを逃しちゃいそうで、私は思い切って声をかけてみた。


「ヘルマさん、あの」


 首を傾げてこちらを見上げるヘルマさんに、頭を下げる。


「無理なお願いを急にしてしまって、お家にも大人数で押しかけてしまって、すみません」


 てっきり、「あんたのいう通りじゃ!」とさっき兵士のように、ピシャリっと言い返されるかと、構えちゃったのだけれど。


「好きで受けたことじゃ、あんたが気にするこたあない」


 予想外にも優しくそう返されてしまった。


「好きで、ですか?」


 もしこれが王様に知れたりしたら大変なことになるのに、「好きで」という言葉に、今度は私が首を傾げると、ヘルマさんは唇を舐めて、


「実はワシもな、そこのラーテルと同じ。身体に魔力が籠もるタイプで、魔法が使えんのじゃよ、しかし」


 話を一度きり、馬のお尻に鞭を入れる。魔法がこもるタイプ、という言葉は初耳だ。言われればラーテルさんも魔法が身体の外に発現しないものね。二人は同じタイプなのか。


「57,892,345+10,236,789,764。お主答えがわかるかな?」


 なんて考えてたら、なんで今、計算問題が!? 本を読むのは好きだけど数字に関してはからっきしダメな私。5? 億? え? ええええ!?


「え、え、え??」


 慌てて目前に両手の指を並べて、計算を始めると大口を開けたヘルマさんに、あの声で爆笑されてしまった。


「答えは10,294,682,109じゃ。こういう計算がワシは得意でのぉ。昔は今みたいな七面倒くさいキマリなどなかったから、商家に丁稚奉公して商いを学んだんじゃ」


 そっかあ。ヘルマさん、おいくつかはわからないけれど、何十年か前は遺跡調査課ってなかったんだね。うんうんと私が身を乗り出し頷くと、意味深な笑みを浮かべ私を上目遣いで見上げる。いつもは深いシワで隠れて見えない金色の目が、強い日差しを受け光る。


「そして魔力を得た」


 目を丸くする私の前に、右手の人差し指と親指とを胸元で丸くして合わせる。


「金、というな」


 金? きん、じゃなくて、今「カネ」っておっしゃったよね? お金が魔法?


「少量では大した事はできん。しかもすーぐ手元から消えちまう上、引き換えたものもたかが知れる。しかし。然るべき時、然るべく額を使えば……未来を、世界を変えることができる。夢のような魔法なんじゃよ」


 お金が世界を変える? 今までお金なんて、ほんのちょっとのお小遣いと。あと先日お給料をもらったけれど、お婆ちゃんにお土産を買ったらスッカラカンになった程度の額しか手にしたことがない。だから、お金で世界や未来を変えられるなんて全く想像できない。指をアゴに当て、空に視線を泳がせて、大量の金貨に囲まれている所を妄想してみる。うーん、でもこんなにあっても私じゃ使い切れそうにないなぁ。そもそも何に使えばいいか分からないもの。


「使い方を誤れば、あっという間に身を滅ぼすけどの」


 口を開いてぼーっとしてると、ちょっぴり恐ろしい声で脅されてしまった。う。そういえば、前回の冒険で、爆弾を仕掛けた元騎士団の人も、お金に困った上での犯行だったものね。神妙な顔で頷くと、ヘルマさんが風に乱れた後れ髪を耳にかけ、「それはそうと」と仕切り直した。今度はどんな話が飛び出してくるのだろう。息を飲む。


「近頃、その気配を感じるんじゃよ」


 ヘルマさんは前を見据えたままそう呟いた。気配?


「然るべき時の気配、ですか?」


 聞き返すと、大きく頷き返される。


「そうじゃ。時流がうねり今の制度、価値観、世界、古い物全てを飲み込む大波となる予兆。そしてその波を繰り、御する者が現れる兆し。両方がタイミングよく現れる時はそうない」


 そして……わわ! 振り返りざま、目の前に急に人差し指を突き出すんだもの。またひっくり返りそうになってしまった。


「千年に数回あるかないか、くらいのビックウエーブじゃ!」


 び、ビックウェーブ……。


「そういう時にわしの魔法を使い、古きものを破壊すれば……世界はどう変わるかのう。いや、変えられるんじゃろうか……この年になっても胸が高鳴るんじゃよ。新しい世界で周りを出し抜き、どれくらい儲けてやろうか、とかのう」


 呆然としている私の前で、ヘルマさんは御者席の脇に置いてあった皮の鞄から何かを取り出した。赤茶けた皮の表紙には「貯金通帳」とデカデカと記されている。指をペロリと舐め、それをバラバラとめくり……ひぃーひっひっひつとあのお得意の笑い声をあげた。さ、さすが商人、結局はそこなのね。つられて笑ってしまったけど、少し引っかかるなあ……。


「でも破壊する、なんて。ちょっと怖いです」


 ヘルマさんのいう「古い物」ってきっと、今そのもの事なんじゃないかな? 今、そばにあって当たり前の、例えば大好きなみんなが居なくなってしまったら? そう考えたら急に怖くなってきた。


「おや、すまん、怖がらせてしまったのお」


 俯いてしまうと、すかさず驚いた様子のヘルマさんに謝られてしまった。そんな、謝って欲しかったわけじゃない! 慌てて顔を上げると、頬を緩めたヘルマさんに、ひざの辺りをシワシワの手でぽんっと叩かれる。


「まあ気にせんでええ。大波が来る、と思うても結果、波にもならなかったってことはごまんとある。実に今まで何度となくあった。とはいえ、ワシみたいなのが投資を続けねば、さざ波すら立たなくなるでの」


 投資? さざなみ? 難しい言葉の連続に再び首を傾げると、金色の目でじっと見つめられ、目が合った途端……あれ? 視線を外されてしまった。


「老い先短い老人の娯楽に付き合ってやった、くらいに思っておればええ!」


 先が短いなんて、そんな寂しいこと言わないでほしいな。


「そんな。でも、お気持ちうれしいです。ありがとうございます!」


 ヘルマさんが馬に鞭を打ち、笑みを浮かべてくれた。言葉はきついけれど、悪い人じゃないんだよね。エルクさんたちが頼るぐらいだもの。とはいえ、ふぅ。年配の人とお話をするのは、緊張するなあ。でも、勇気を出してお礼を言えてよかった〜っとホッと胸を撫で下ろしたのも、束の間。


「アーミー、見てください、あれがティーナの町ではありませんか?」


 ラーテルさんに肩を揺すられた。私は全身を震わせ驚き、指差された方向へと視線をやる。すると……。


 わ、わわ! 見てみて! 本当だ! 町が見えてきたじゃないか! 


 連なる岩壁が切り崩され、大きく湾になった場所。なだらかになった斜面に立ち並ぶ、白壁に瑠璃色の屋根の港町の家々が見えてくる。町のお膝下には真っ白な鳥が羽を広げたような砂浜が広がっている。うん! あれがティーナの町に違いない! 砂浜に打ち寄せる波は、淡いグリーンからスカイブルーへと色を変え、陸から遠ざかり、空に近くにつれ濃い紺色へ変わっている。海の水って透明のハズなのに、どうして色が変わるんだろう? 不思議……。


 そして。


 その湾の中に、まさに昨日読んだ本に出てきた、悪魔の亡骸を見つけ、私は息を大きく吸い込んだ。


 町を背後から抱え込み守るようにして、湾内に二列の石造りの堤防が並んでいる。一つは湾の入り口付近、海原との境目辺り。もう一つはだいぶ距離をとり背後、町に近い位置に。高さは遠いから正確には分からないけれど想像していたより低い。湾の入口付近で3〜4mくらい? その後ろは3mくらいかな? 伝説は本当だったんだ……あれが石になった悪魔の身体……千年経った今も、噂で聞いた通り、残っているんだね……。


「わあぁ〜! あれが灯台かぁ〜!」


 感慨にふけっていると、今度はレトの声が耳に飛び込んで来て、つられて町の一番高い場所、崖の上へと視線を移す……ああ! あれかあ! そこにはティーナの町のシンボルと謳われる白い灯台が、た、高い! 青空に届きそうな高さで聳え立っている。あれが伝説の灯台……あの光が消えてしまったとなれば町は大騒ぎだろう。


「ワシの別荘は灯台を過ぎて、湾の向こう側の岬の先じゃ。町が近づいてきたら人も増える。ひと目もあるからそろそろ荷台に戻りんさい」


「へいへい。まーたあのブタ箱に逆戻りかよ〜」


 ヘルマさんに促され、私たちは腰を上げて、そそくさと荷台へと戻る。一人腰重くぼやくサクヤの後ろにつき、荷台に足をおろしつつもう一度、高鳴る胸に手を当て、ティーナの町を振り返った。


 オウルさんは、どこにいるのかな? そして今度はどんな冒険が待ち受けているんだろう? 


 馬車は宝箱の様に美しい港町を目指し、一直線に駆けていく。

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