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リンも同じことを考えたのだろう。構えた剣に手をかけ、ゆっくりと刀身を引き抜いた。ひらめく白刃。リンの邪魔にならないようヨワがさらに下がった時だった。
「そんなもの全然怖くないからね!」
ユンデは叫ぶとあろうことか剣を構えるリンに向かっていった。リンの肩がその動きにひくりと反応するのが見えて、ヨワはとっさに魔法で剣を押さえてしまった。次の瞬間ヨワは再びユンデに抱きつかれた。
「ヨワは僕のだから。リンはあっちに行ってて」
リンに噛みつく言葉とは裏腹にヨワから見えるユンデは不安そうな顔をしていた。
「なにっ。どういうことだヨワ。今邪魔しただろ!」
「ごめん。ユンデは丸腰だったから」
それだけではない。ヨワはどうしてもリンが自分のために人を傷つけるところを見たくなかった。
そこへユンデの手が頬へ伸びてきてヨワは視線を彼に固定された。その仕草は、目の前にいるのに自分を見ないなんて許さないと言っているようだった。ユンデは嫉妬混じりの感情も隠そうともしない。剥き出しの心と幼い言動はまるで子どもをそのまま大きくしたようだ。
「僕はただヨワとお話ししたかっただけなんだ」
ヨワはうなずいた。ユンデはカカペト山で会った盗賊のような悪意のある人間とは違うと感じた。白いシャツにシミはひとつもついていないし、ベストと蝶ネクタイはそろいの紫と紺のチェック柄で身なりにとても気を使っていることがうかがえた。抱き締められる度に清潔な香りが舞い、興奮の熱がヨワを包み込む。
それとも惚れっぽい悪癖がまた出たのか? ヨワは自分に問いかける。それは険しい顔つきのリンを見てすぐに違うと答えが出た。もしもリンに抱きつかれたらヨワは冷静に考えごとなんてしていられない。熱くなる頬を隠すためにリンを突き飛ばして高鳴る胸を押さえているはずだ。




