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こんなに楽しい喧嘩があるのかとヨワの心は弾んだ。ユカシイとふざけて恋人同士のような会話をしている時のように口がよく回る。打てば響くリンとの軽妙なかけ合いが心地いい。
「ねえリン、秘密ついでに教えて」
楽しい時間に勇気をもらいヨワは切り出した。
「リンの存在意義ってなに。生きがいっていうか」
リンは唇を引き結んで目玉をくるりと宙に向けた。
「やっぱり騎士かな。一人前になって父さんからも王からも認められて、拾って育ててくれた恩を返したい」
それはある程度予想のついていた答えだった。ヨワはひとつうなずいて「応援するよ」と返した。うれしそうに笑ったリンの志を誰が妨げているのかヨワが一番わかっていた。
「で、ヨワの生きがいはなんなんだ」
「探し中かな」
「あれ。てっきりユカシイって言うのかと思った」
「ごめん。ずっと訂正しようと思ってたんだけど私たち恋人じゃないんだ」
たっぷりと間をあけたあと、リンは顔を覆い「ちょっと待ってくれよ」と天を仰いだ。
そこへノック音が響いた。ヨワとリンのいる資料室の扉ではない。音は壁を隔てた向こう、鉱物学研究室のほうから聞こえた。リンと顔を見合わせている間にまたノック音。人気のない校内でその音はよく響いた。
講義が休みとなる土曜と日曜は全研究室の鍵が閉められる決まりだ。ヨワはロハ先生の助手として先生から鉱物学研究室の鍵だけは預かっている。そしてユカシイも気軽にヨワを訪ねられるよう自分で早々に合鍵を作っていた。今日この研究室が使われる特別な催し物も予定されていなかったはずだ。
一体誰だろう。ヨワは口布や袖を気にしながら研究室の扉の前に立ち、リンに目配せしてから扉を開いた。そこにはヨワとリンと同い年くらいの青年がにっこりと笑っていた。




