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しかしブラックボア家の者はなにもないところに魔剣を出現させてみせるし、浮遊や光明といった単純な魔法も存在する。ヨワはふと、単純な魔法ほど発動させやすいのかもしれないと思った。レッドベア家の治癒魔法やユカシイの人の心を惑わせる魅了の魔法はとても複雑そうだ。
「それならあの声も誰かの魔法だったのかもしれない」
ヨワはつぶやいた。カカペト山で聞いた幼い子どものような声。ヨワにユカシイの危機を教えてくれた。とても不思議で魔法だとは思わなかった。けれどリンの血のように魔法の形は決めがたいものなら、ヨワを導いたやさしい声もきっと魔法と呼ぶのだ。
「どうした?」
「リンの剣技もきっと魔法ね。だって私いつの間にか見惚れてたもの」
「お前さあ!」
リンは唐突に大きな声を出した。
「そう言うことさらっと言うなよ。キャラじゃないだろ」
「キャラってなに」
うーうー唸る彼にヨワの声は届いていなかった。するとリンはまたしても「あ!」と叫んだ。忙しい人だ。
「てかお前いつ俺の剣技を見たんだよ」
「あ」
今度はヨワが口を大きく開ける番だった。シジマとの打ち合いをヨワが覗き見していたことをリンは知らなかったのだ。まずいと思った時にはもう遅かった。
「まさかあの時。え、ってことは俺と父さんの会話も聞いたのか?」
「た、確かに覗き見はしてたけど会話まではよく聞こえなかったよ」
「嘘だ! 父さんの声はバカでかいんだよ。絶対聞いただろ。なんだよ、ヨワだけ俺の秘密知ってたなんてずるだろ」
「わざとじゃないです! それに今もう私の秘密も教えたからおあいこでしょ」
「いいや違うね。ヨワは知ってたんだから緊張しなかっただろ」
緊張してたんだと茶化すヨワは笑顔だった。食ってかかるリンも声では怒りながら口元は笑みを隠せていなかった。




