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そんなことを考えながらヨワの周りからほどけていく人集りに目をやった時だ。今まさに思い浮かべていた人物が港を横切っていった。こちらの騒ぎには目もくれず早足で歩いていたバナードの姿はすぐに見えなくなった。彼が向かったのは貨物船から降ろした荷などを置いていく倉庫街だ。大農園の主が一体なんの用だろう。それにバナードの横を見たことのない男性がいっしょに歩いていた。
「ヨワ、今日はうちでごちそう食べてってくれ!」
クロシオの誘いにうなずくもヨワの興味は尽きず、バナードのあとを追いかけることにした。
「庭番には知られていないな」
近づくとバナードの声が聞こえてきた。彼は黒髪を短く刈り込んだ男性と木箱の隙間で立ち話をしていた。内容をしっかり理解できるほど聞こえないが、ふたりとも真剣な表情で重々しい雰囲気をまとっていた。
仕事の話だったら邪魔をしては悪いと思い、ヨワはその場から離れることにした。その際、風が再びヨワの元までバナードの声を届けた。
「すべてはコリコの樹のためだ」
どうやらバナードが話しているのは〈ナチュラル〉の仲間のようだ。今月に開かれるコリコ祭りの打ち合わせでもしているのだろう。〈ナチュラル〉の人々は毎年張り切ってコリコ祭りのために企画や出店の運営を仕切っている。バナードはその中心的存在だ。港町でも彼が会うべき人、通すべき話はたくさんあるに違いない。
「バナードさんは働き者だなあ」
ヨワはもう一度振り返ってみたが、木箱の間にはもう誰もいなかった。
「見つけたぞ」
ぱちくりと目を瞬かせ首をかしげた時だった。ヨワは怒気をはらんだ低い男性の声とともに首根っこをむんずと掴まれた。驚いて首をひねると北門に置いてきたはずのタコ頭、いや違った、スキンヘッドの騎士がヨワをにらみつけていた。




