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「そう。そのまま」ローブの裾がひるがえる。
「ヨワ、いいぞ!」
クロシオの合図とともにヨワは高めた集中力を持って魔力を一気に練り上げ、貨物船全体に魔法をかけた。ギシリと音を立てる船。だが浮かび上がらない。
ヨワの耳に落胆するクロシオの声は届いていなかった。
「ふふっ。なんて重い子。もっと力を出していいんだね?」
ひとつ息を吸い、
「いくよ」
ヨワは一段階魔力を高めた。ローブが舞い狂う。干し草の髪が踊る。
特大級の船体が揺れ動いた。徐々に潮位が下がっていく。いや、船が浮かび上がっていく。船員たちのどよめきが走った。
「いい子」
魔法の効果が安定したことを確信してヨワはにやりと笑った。その時彼女の周りはまだ目の前で起きていることを飲み込めずにいた。そして、一拍遅れて歓声が沸き上がる。海面から十メートルの宙を飛ぶ船の上で一斉に服や靴が舞った。見上げたヨワに降りかかったのは拍手喝采とたくさんの笑顔。ひとつだけ泣き顔。
手を振る船員に応えて振り返していた手を下げた時短い悲鳴が上がった。どうやら船が落ちると思ったらしい。ヨワは腹を抱えて笑い「だいじょうぶだよ」と言った。船員たちの安堵と照れ隠しの笑い声は港まで届き、港町の人々も顔をほころばせた。
ようやく陸に降り立つことが叶った貨物船の船長とヨワは固く握手を交わした。
「船で空の旅ができたことはとてもうれしかったが、海底から少し上げてくれるだけでよかったんだよ」
そう言って苦笑いした船長にヨワはいたずらを見抜かれた子どもの気持ちで笑みを返した。こんなに大きなもの浮かべる機会なんて滅多にないことだからどこまでやれるか試してみたかった。とは、誰にも言わないほうがいいだろう。これで記録が更新されたことをバナードに報告できる。




