85
「ま、待て。俺も乗せろ!」
騎士の口からタコがぽーんと飛び出した。
「はあ? この馬のどこにお前のでかい図体が乗るんだ。自分の馬を持ってこい」
事情を知らないクロシオにとって騎士はなぜかついてくる足手まといだ。イライラとした彼の心情を表すように馬が足踏みした。
「城に戻らんと馬はない」
「じゃあそうしろ」
もう待てないとばかりにクロシオは馬の腹を蹴った。ヨワはクロシオの腰に掴まった。
「待てヨワ!」
騎士の声が遠ざかる。拳を振り下ろして怒る大きな体がだんだんと小さくなっていく光景はヨワの気分をよくさせた。
「ふうん。私の名前覚えてたんだ」
思ったことはそれだけ。ヨワはクロシオにしっかりと掴まり、馬の負担がなるべく減るようにふたりの体を少しだけ浮かべた。
コリコの城下町から港町まではなだらかな下り坂がつづいている。クロシオの馬はヨワの魔法の手助けもあって小一時間で港町に着いた。赤いレンガの町並みが広がる入り口に人気はなかった。クロシオはてきぱきと馬を横木に繋いでヨワをうながし港へ急いだ。
漁港の周りに町人は集まっていた。クロシオを見つけた漁師があらかじめ用意していた漁船に案内する。人垣の間を通る時も船に乗り込む時も、港町の人々は次々とヨワの名を呼び「頼むよ」「任せた」「お願いね」「がんばって」と声をかけ肩を叩き背中を押した。
ヨワは一度座礁した船を助けたことがあるから町人たちはそれを覚えているのだろうと思った。こんなにも有名になっているとは予想外だった。だがなんとなく向けられる眼差しや表情が以前より深刻に見えた。なぜ。前と同じことのくり返しならなにも心配することはないはずだ。
この時ヨワははじめて嫌な予感を抱いた。クロシオはちゃんと「漁船」と言っていたっけ?




