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「あ、違くて。別の騎士」
「まったく。年中ほとんど大学に引きこもっているお前さんを狙う暇人が本当にいるのか」
ごもっともです。ヨワは小さくつぶやいた。ベンガラとハジキには詳しいことは話さず、護衛がついているのは最後の浮遊魔法の継承者になってしまったため万が一に備えてとだけ伝えた。
「ルルのことの他になにか問題でも起きたのですか」
ハジキのやわらかな眼差しに見つめられて、ヨワはリンに言ったことを思い起こした。
「ちょっと……感情的に言ったことを後悔してて」
あの夜の言葉はヨワの本心であり本心じゃなかった。リンが本当に護衛をやめてしまったら嫌だと思う。実は今日の彼の帰りが怖い。ふたつの相反するわがままを抱える自分がほとほと厄介で嫌いだ。
「ふんっ。日頃溜め込んでいるからそういうことになる。普段から感情を爆発させてろ」
「ヨワはすぐ我慢しちゃうから、それくらいがいいってことですよ」
「おいハジキ。勝手にわしの言葉を解釈するな!」
ベンガラの文句をハジキは笑って受け流し、服の上からヨワの腕の患部にそっと触れた。
「なんにせよ我慢は禁物。心にも体にもいいことはありません」
「だからベンガラさんとハジキさんはそんなに仲がいいんですか」
ヨワがそう言うとふたりはそろって笑い声を上げた。
ヨワは知っている。この老夫婦とロハ先生はとても仲がいい。先生のことを小僧の時から知っているとベンガラが話してくれた。ふたりはなにも言わないが、ヨワはベンガラとハジキがロハ先生に口利きをしてくれたのだと思っている。そうでなかったら特別授業として中学校に一度だけ赴いただけのロハ先生が、三クラスを合同した百人の生徒からヨワを見つけて声をかけるだなんてあり得ない。




