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リンからこれまでの経緯を聞いたシジマは笑顔でヨワを歓迎してくれた。彼の大きな手にうながされリビングに通される。茶色とオレンジ、そして白を基調とした家具と観葉植物が置かれたそこは暖かみがあった。
勧められるがままにソファーに座ったヨワだがいかんせん、まったく落ち着かない。オシャマはさっそく夕飯の支度に取りかかり、リンは兄弟たちと話している。シジマはいったんキッチンへ飲み物を取りに行き、ヨワの前にレモネードを出して正面のソファーに腰かけた。グラスを掴む手が震えていやしないか不安になる。とりあえずヨワはからからになったのどをうるおした。
クチバの失礼な態度が原因ではない。そもそもヨワはこんなにも近くでいっぺんに多数の視線にさらされ、かつ逃げ場のない状況に陥ったことがない。しかもリン以外はほとんど初対面だ。居場所がない。どう振る舞ったらいいのかわからない。このグラスを置いたら次にどこへ視線を向けたらいい?
竜鱗病の患部がうずく。
「うまいか?」
ヨワがグラスを置くのを見計らったようにシジマが言った。ヨワはすぐレモネードのことだとわかりうなずいた。するとシジマのメガネをかけたおおらかな顔にパッと笑みが咲く。
「そうだろ、そうだろう。うちのかみさんはな料理上手で、作らせたらなんでもうまいんだ!」
その言葉を皮切りにシジマのお喋りは止まらなくなった。はじめて食べたオシャマの料理の思い出から好きな料理ベスト五を語り、さらにはお菓子作り、オシャマの趣味の裁縫にまで飛んでいった。
「またはじまったか」
リンの声が聞こえてヨワが振り返ると、リン、エンジ、クチバの顔がソファーの背もたれから覗いていた。
「父さんの母さん自慢は長いんだ」とエンジ。
「テキトーに相づち打っとけ。まじめに耳貸すと疲れるぞ」とクチバ。




