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午後になって風が増したようだ。先頭を歩くリンにつづきユカシイのあとに外へ出たヨワは強風に身構え鎖に掴まろうとした。
「うわ!」
「えっ」
だがうしろからバナードの驚いた声が聞こえたかと思えば、ヨワはローブを引っ張られて体が大きく傾いた。気づいた時にはもうどうすることもできなかった。視界が仰け反り雲が流れる空がみえ、陽光がまぶしかった。
「ヨワ! バナードさん!」
「先輩!」
リンの鋭い声とユカシイの悲痛な叫びが聞こえてヨワは斜面から落ちたのだと思った。バナードの悲鳴も聞こえる。ひっくり返った世界でヨワのローブを掴む彼の手が見えた。そしてヨワの体はゴオとうなる風に煽られた。
ハッと我に返る。ヨワは魔力を急速に練り上げ、浮遊の魔法を放った。
「びっくりした」
バナードと自分の体を斜面に戻したヨワが開口一番そう言った言葉はどこか間が抜けていた。
「もうっ、もうっ、それはこっちのセリフよ!」
弱い力でひざを叩いてくるユカシイの平手が今起きたことを徐々に実感させた。落ちることはヨワにとってそれほど怖いことではない。だが不意に落下する瞬間に走るゾワッとした感覚はなんとも不快だ。心臓が落ち着かない。
「すまんヨワ。本当にすまない。洞窟を出た瞬間風に煽られて、とっさに、目の前のものを掴んだらきみのローブだったんだ」
バナードは両手を地面につけて何度も謝った。彼の年齢を考えれば風に踏ん張りきれないことはわかるし、倒れそうになった時人は近くのものを掴もうとするものだ。ヨワは最初から彼に腹を立てていなかった。むしろ自分がバナードの前にいてよかったと思う。
「いっしょに落ちたから魔法を早くかけることができたんです。私でよかったですよ」
なにか言いたげなユカシイを目で押し留めて、ヨワはバナードに笑みを向けた。




