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普段ならば決して応じなかった。だが今は夜。心もとない月明かりだけが頼りのおぼろげな世界。そしてここは山の中。誰が通りかかる心配も、誰かが見ているかもしれない不安も抱かなくていい。ヨワの日常から遠く離れた土地。秘密は森の中に隠しておける。そんな気がしたのだ。
ヨワはおずおずと腕を持ち上げた。リンに手を取られやさしく袖がまくられる。ちょうど腕の関節から五センチメートルほど広がる湿疹がさらされた。ヨワは目を背けた。
「本当に鱗みたいだ」
「そうなの。その鱗がかゆみを発してダメだとわかってても無意識に掻いてしまうの。血が出ても止められ、なっ!?」
びくりと腕が震えた。
「ごめんっ。痛かったか?」
ヨワは信じられない思いでリンを凝視した。硬化した鱗に温もりが触れたのだ。リンがその手で患部をなでた。痛みよりももっと痛烈な衝撃だった。
「痛くは、ない。でも普通触らないでしょ。信じられない」
「そうかな」
「変だよ。リンってすっごく変」
嫌なのかうれしいのかよくわからない感情のままにそう言うとリンは笑った。彼の耳にはヨワの声がいいほうに聞こえたようだ。
「これってさっきの薬ぬれば治るんだよな」
「湿疹は消える。でもまた出てくる。病気自体は治らないの」
そう言うとリンははじめて沈んだ声を出した。ちらりと覗き見た顔は難しい表情をしていた。励ましの言葉をもらったわけでも、なにか問題がひとつ消えたわけでもないのに、ヨワの話を聞いてそんな顔をする彼を見ただけで気持ちが軽くなるのはなぜだろう。浮遊の魔法使いはヨワのほうなのに。
身軽になった分だけヨワの心に余裕が生まれた。
「症状が悪化する原因はストレスもあるから、リンは特に気をつけてよね」
「俺がいつストレスを与えたんだよ」
「自分で考えて」
ヨワは再び貝の薬入れを取り出して頬の患部に薬をぬった。誰かの視線がある中で竜鱗病の薬をぬったのはこれがはじめてだった。




