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「ラベンダー。ベンガラさん、私の好きなにおいをよく知ってる」
その時、土を踏みしめる音がしてヨワは肩が跳ね上がった。山小屋の裏口から誰かがこちらに歩いてくる。バナードさん? ダゲンさん? ヨワは慌てて湿疹を袖の中に隠し、腕を顔の前にかざした。
「ヨワ、盗賊がいるかもしれないって時に夜出歩くな」
それはリンだった。ベルトのない寝間着姿で鞘に収めた剣だけ手に持っている。寝不足を指摘した発言といい今といい、リンの察しのよさにヨワは疑問を抱いた。
「もしかして寝てないの?」
「仮眠はとってる」
そう答えながらリンがあまりにも自然に近づいてくるものだから、ヨワはつい隣に座ることを許してしまった。リンの視線が丸太の上に落とされていた。出しっ放しになっていたぬり薬を急いでしまう。顔を上げた時、リンはまっすぐヨワを見ていた。湿疹が出ている頬を隠すがもう遅いだろう。
「それ、肌の薬か。なんていう病気なんだ」
答えたくなかった。病気のことを知らなければヨワはきれいでいられる。たとえ肌を見られたあとでも、言葉にすることはまた違う。口にするとその存在がはっきりと突きつけられる。現実を思い知らされるのだ。
「竜鱗病」
だが思いとは裏腹にヨワはリンに病名を教えていた。自分でもなにをやっているのかわからなかった。
「りゅうりん病?」
「竜の鱗って書くの」
「いつから?」
ただ、リンの声はあけすけだった。ためらいも同情の色もないその声が、ヨワから逸らされない視線が、少しだけうれしかった。
「もうずっと、生まれた時から」
「たまに掻いてるけどかゆいのか」
ヨワがうなずくとリンは驚くことを言った。
「見てもいい?」




