03
研究室と資料置き場を繋ぐ小さな扉に鍵はついていない。だがその不満にさえ目をつむれば体育館の更衣室でシャワーは使い放題、トイレは全部で二十個もあって、食堂では教授助手の特別割引が利用できる。忙しい朝にトイレの争奪戦の心配がない最高に優雅なマイホームだ。
ヨワは帰宅するとお気に入りのインテリアに向けて手をかざした。自然銀、岩塩、雲母といった硬派から鮮やかなピンクの蛍石、オリーブ色のかんらん石、深い海色の青金石などの鉱物たちが魔力に反応し淡く光っては消えていく。これらはロハ先生が世界中から集めた鉱物の標本たちだ。ヨワはそれをブックエンドにしたりコートかけにしてみたり、思い思いに飾りつけている。
とりわけお気に入りは床に直敷きしている粗末な布団も、幻想的に照らしてくれるクリスタルのランプだ。今、クリスタルと魔法の研究に熱中しているロハ先生によって度々持ち出されてしまうのは残念だが、この石だけは微量な魔力でも内に蓄積し光を放ちつづける。その神秘に満ちた青白い光はいつもヨワを慰めてくれるのだが、なぜだろう、今日は胸騒ぎを覚える。
「あの泡の音はなんだったのかな」
気のせいでは片づけきれない悶々とした思いを抱えながら、布団に潜り込んだその時だ。
やわらかくて温かいなにかとぶつかり、悲鳴を上げて飛び出る。
「先輩。お布団あっためておきましたよ」
布団からひょこりと青い目を出したのは、ピンクのメッシュを入れたレモン色の髪をゆるく巻いた後輩、ユカシイ・ルートだった。
「胸騒ぎってまさかこれのことじゃないよね」
苦笑しながら後ずさるヨワの足を掴み床に引き倒したユカシイは、腹に馬乗りになると妖艶な笑みを浮かべた。
「最近ご無沙汰だったから、いいですよね先輩」
「な、なにを?」
「今日こそヨワ先輩をあたしの力で魅了してみせます」
そう言うとユカシイは唇を舐めて豊満な胸をヨワの体に寄せた。