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「そういえば船を浮かべたことがあります」
「船。船って釣り人が乗る小型の? それとも漁船か?」
「漁船です。一ヶ月ぶりに帰ってくるはずの漁船がなかなか着かなくて、座礁しているかもしれないから来てほしいって頼まれたんです。一度だけですけど」
突然、バナードはぴたりと足を止めた。もしかしたら彼もなにか手伝ってほしいことがあるのかもしれないと思って話したが、バナードは口をあんぐり開けて固まっていた。ロード農園のげんこつジャガイモが口にすっぽり入りそうだ。
追いついてきたユカシイとリンとロハ先生がその顔を不思議そうに見た。ヨワは首をかしげてひかえめに呼びかけた。
「あの、バナードさん?」
「きみは、きみの魔法はすさまじいな」
バナードは少し喋りにくそうだった。あごが外れかかったのかもしれない。
「その漁船はたくさんの魚を獲ってきたのだろうね」
「はい。これまでにないほどの大漁だったそうで、漁師の人たちにとても喜んでもらえました。なにより大事な船を傷つけずに済んでよかったと言っていました」
バナードは顔を拭い、その手を口元にやってそれきり黙り込んだ。なにか考えごとをしている彼の邪魔をしてはいけないと思い、ヨワはその場を離れてユカシイの横を歩いた。
その夜、ヨワたちはいつものようにカカペト山のふもとにある登山者用の小屋に泊まった。夕食はケビンズベーカリーでロハ先生が買ってくれたたまごサンドだ。刻みキャベツの甘さとしゃきしゃきした食感はふわふわのたまごと相性抜群だった。
明日の朝も早い。そう言って就寝をうながしたロハ先生に素直に従い、お喋りもそこそこにヨワはユカシイと並んで寝袋に入り込んだ。先生がランプの火をふっと吹き消す。
遠くでフクロウが鳴いている。
窓から月明かりが差し込んでいた。
明日もきっと快晴だ。




