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そう言いながら握手を求めたリンの手はなかなか握り返されなかった。バナードは視線を下げていてその手が見えていないはずがない。見かねたロハ先生が名前を呼ぶと、バナードは今やっとリンの手に気がついたという様子で握手を交わした。
「すまない。四月になるととたんに忙しくなるものでな。少しぼーっとしてしまった」
「だいじょうぶですか。山登りはやめておいたほうがいいのでは」
ロハ先生は気遣わしげに声をかけたものの、その目が不安に揺れるのをヨワは見逃さなかった。
「いや、毎年のことだ。平気だよ。それに農園にいるほうが気が休まらない。この山登りは私にとって息抜きなんだ。疲れが出ているならなおのこときみたちに同行するよ」
からからと笑ってバナードは足元に置いていたリュックを背負い先に歩き出す。そのあとをヨワはすかさず追いかけて魔法でリュックを持ち上げた。気づいたバナードが振り返った。
「ああ、ヨワ。いつもありがとう。私は魔法は使えないがきみの力は素晴らしいと思っているよ。きみなら重い農具をたくさんの牛に引かせることもないんだろう」
牛にまで気を使っているなんてバナードらしいと思いながらヨワは答えた。
「たくさんのものを同時に浮かべるのは難しいです」
「前から聞いてみたいと思っていたんだが、きみはどれくらいの重さを浮かべることができる?」
「わかりません。まだ全力を出したことがないので」
「今まで浮かべたもののなかで一番大きかったのは?」
記憶を辿るのにヨワは少し時間がかかった。大きなものを浮かべる機会なんてそうそうにやってこない。せいぜい部屋の模様替えでタンスを移動させる時か、ロハ先生の手伝いで石の標本や何十冊もの本を運ぶくらいだ。そう答えようとした時、鼻腔をかすめた磯の香り。青い海。白い船体。




