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ひざに乗ったヨワの手を、リンの手が勝手に掴んでいた。彼女のあごを持ち上げて視線を自分に固定させているのは誰だ。頭の片隅で疑問が警鐘に変わる。
「ヨワ。もっときみを見たい」
腕を掴み腰を引き寄せリンは、言葉とは裏腹にまぶたをぎゅっと閉じた。
「……あの、リン。なにやってるの」
ひとつ低くなったヨワの声が不信感を伝える。リンの胸板を押して離れようとした。腰に回したリンの腕がすかさず阻む。その腕をリンはもう一方の腕で押さえつけた。
「ヨワ、なんかおかしい。なんかおかしい」
「うん。リン変だよ」
「そうなんだけどそうじゃなくて。俺の意思じゃないものが混じってる気がする」
「ああ。男の人って興奮するとそういう言い訳するらしいね」
「どこ情報」
「クチバ」
「兄貴はあとで締める」
とにかくヨワには離れて、視界に入らない場所にいてくれと懇願した。そうでもしなければソファーに押し倒して腕に閉じ込めてしまう。リンはヨワが「いいよ」と言うまで、自分の腕をわし掴む痛みで必死に欲望を抑えていた。
「リン、だいじょうぶ?」
ヨワがハンカチで首筋を拭く。そこではじめてリンは汗を掻いていることに気づいた。
「なんだろ。ヨワが魔法で俺をソファーに戻した時みたいな力を感じた」
あ、とヨワがなにかに気づいた声を上げた。リンは思わず振り返ってしまい、慌てて顔を背けた。
「な、なに」
「このドレス、ユカシイが仕立ててくれたんだよね」
「まさか服に魅了の魔法の力が宿ってるのか」
「ユカシイってじっと見つめて魔法をかけるの。ドレスを縫ってる間もじっと生地を見つめるでしょ。だから、もしかしたら」
リンは頭を抱えてがっくり項垂れた。




