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年齢は四十代前半に見える。ロマンスグレーの髪をオールバックになでつけ、前髪がひと筋額にかかっている。年を重ねてにじみはじめた渋みと洒落っ気が絶妙に合わさった紳士だ。
リンは内心苦虫を噛み潰した。
「僕の家をヨワに引っ越してもらう話したら興味あるって言うから、紹介しに来たんだあ」
「そうだったんですね」
ヨワの緑の目がズブロクからいとこの紳士へ移る。紳士はにこやかに微笑んだ。ヨワも笑みを返す。リンはその間に入って視線を妨害したい気持ちを押さえつけた。おじ様と呼べる年代はリンにとって鬼門だ。
「あらリン。こんなところにいらしたの。探したわ」
鈴が転がるような声といっしょにリンは腕を取られて体が傾いた。キラボシががっちりと腕を抱き込んでいる。リンに有無を言わせる間も与えずどこかへ引っ張っていく気だ。
「キラボシ? ちょ、ちょっと」
「さあ、さ。ひいひいお祖父さまがお待ちよ」
「やあキラ嬢。そんながっついてると獲物に逃げられるよお」
「ヨワさん、よかったらあちらで少しお話をしませんか?」
「あら。つまらない男とフラれたズブロクさんには言われたくありませんわ」
あっちでもそっちでも会話をはじめないでくれ。思わず天井を仰ぎたくなったリンの目に、紳士に誘われそうになっているヨワの姿が飛び込んだ。ヨワは困惑してリンに視線を送る。しかし紳士は気づかぬふりで彼女の背に触れてうながしている。
あまつさえ、
「つれの彼はあいさつに行くようですから」
なんて勝手な声も聞こえてきた。
「あいさつならヨワもいっしょに行くから!」
「おじいさまにはリンだけいればよくってよ。あとで合流しましょ」




