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さすがに長話し過ぎたと思ったのかロハ先生は時計を見ると驚いてみんなを立たせ、店主のケビンから弁当を受け取るとあいさつもそこそこに店をあとにした。
「増えるってこれからですか。その人は生徒ではないんですか」
歩きながらリンはすかさず話のつづきをロハ先生に投げかけた。
「そう。できたら鉱物学研究室に入りたかったみたいだけど、野菜の世話が忙しいんだって」
「野菜? もしかして農家?」
「バナード・ロード。彼は植物をこよなく愛する農家だよ」
バナードの家は町を抜けて少し行った先にあった。ここからカカペト山のふもとまで約半分が彼の土地で大農園を築いている。コリコの南区で毎週日曜日と木曜日に開かれる大地の市場では、その生産者の名前を知らぬ者はいない。ロード農園の野菜は野菜嫌いな子どもも黙らせると評判だ。サラダはもちろん、ジュースにしてもドレッシングにしても間違いなし。コリコ国内すべての高級レストラン、高級ホテルと契約を結んでいるという噂もある。近年では海外輸出に力を入れ、ますます勢いづいていた。
経営者、生産者として有能なバナードは従業員からの人望も厚い。その最たる理由が御年六十五歳にして現在も自ら農具を手にして畑を耕し、苗を植え、野菜の育ち具合をひとつひとつ目で確かめる堅実で情熱にあふれた姿勢だった。彼が野菜に注ぐ愛情は従業員に留まらずロード農園の野菜を口にしたすべての人々が理解していた。
そんなバナードとロハ先生率いる鉱物学研究室の面々が知り合いになった経緯は、実に単純でちょっと間の抜けた話だ。
隔月恒例の山登り、その記念すべき第一回目にロハ先生は急に道順に自信をなくしてしまって、目に入った農家のもとへ走り出した。実はロハ先生は迷子の常習犯だった。読み物をしたり考えごとをしたりしながら歩くものだから、その頭の中は道のりを覚える隙間がないのだ。




