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「だからちゃんと見てないとまた諦めスイッチ入るって言ったのに」
口の中で低くつぶやかれた声を聞き取れなかった。首をかしげるとユカシイは「こっちの話です」とイモを振る。
「それより、先輩はそれでいいんですか」
「いいっていうか、仕方ないと思う。ユカシイだってブサイクよりイケメンのほうがいいよね」
「あたしを基準にしてもしょうがないわ。それに、あたし先輩のことブスとか思ったこと一度もないですからね」
「ユカシイはやさしいね」
「事実です!」
ザルの中のイモが溜まってきて、ヨワはまな板に向かいひと口大に切っていく。しばらくそうして黙々と調理を進めた。
隣では宙を舞う魔剣が玉ねぎを切っていて、漂ってきた刺激にヨワは鼻をすすった。
「わかった。今度のパーティーでイチャイチャっぷりを見せつけましょう」
「待って。なんの話?」
最後のイモをまな板に叩きつけてユカシイは身を乗り出した。
「リンは自分のものだってアピールするんです。ついでに彼もメロメロにして一石二鳥」
「ユカシイ言葉がちょっと古い」
「仕方ないって思う前に一回くらい足掻いてもいいじゃない。それともこのまま、なにもしないでリンを横取りされてもいいってわけ?」
台にかけていた手にユカシイの手が重なった。少しだけ体重を乗せたその温もりはヨワを縫いとめる。鼻先が触れそうなほど近くに迫ったユカシイの目は、逃げるなと言っていた。
「私は――」
「ヨワちゃん。次はにんじんお願いね」
オシャマの声にヨワはユカシイから目を逸らし、重なった温もりから手を引いた。
西区フラーメン大学鉱物学研究室資料置き場あてに手紙を書いた。この妙な住所の持ち主からの返事はリン伝いに諾と届いた。




