02
突然そそくさと退散した男性にひとり取り残され、ヨワはかゆみを発しはじめた湿疹に爪を立てた。
「最低。信じらんない」
思わずこぼれた言葉に首を振り吐き捨てる。
「別に。期待なんかしてないし」
病名、竜鱗病。いたるところの皮ふが鱗型に硬化し青灰色に変色する。鱗はかゆみを発し、掻き壊すと出血。またストレスや気候の変化により悪化し、重度になると関節が曲がらなくなったりかゆみによる不眠症を併発する皮ふ病だ。
主な原因は免疫細胞の過剰反応とされているが、現代の治癒魔法では完治する術は見つかっていない。塗り薬で湿疹を抑え、かゆみ止めの飲み薬で気分を紛らわす。治療法はそんな気休めばかりだ。
ヨワは生まれつき竜鱗病にかかっていた。湿疹を気味悪がられ、触ると感染るなんて風評被害を受けても誰のせいにもできない。そういう星の元に生まれてしまった自分を呪い、諦めるだけだ。
命を脅かす力はないくせに、かゆみと醜さでただただ不快を植えつけてくる病が忌々しい。腕の関節部分とひざ裏からはじまって、二十代になりヨワの湿疹は手の甲や頬にまで広がっていた。そのため、自分でフードに口布を縫いつけた大学ローブが手放せないでいる。
風の強い春も、日差しが厳しい夏も、みんなが着飾る冬のパーティーも、年中どこだってヨワだけは地味な黒いローブ姿だった。
ヨワは今年で二十三歳。年頃の女性らしく異性に興味はあれど、恋人や結婚なんてものは自分から最も縁遠いものだと思っていた。
西区フラーメン大学二号館の鉱物学研究室。そこに隣接する資料置き場がヨワの家だ。ヨワはこの大学で鉱物学者ロハ・トゥイグ教授の助手として働いている。