01
半月を映す湖面が風もないのにとぷんと跳ねた。
こぽこぽと生まれては弾ける泡とともに、それは暗い湖の底へと沈んでいく。
揺らめく水面から差す月明かりの美しさも、まとわりつく水の重さも知ることなく、ゆっくりゆっくり落ちていく。
ひと際大きく生まれた泡が声なき者の代わりを果たすかのように、絶えず形を変え水面を目指す。
ごぽり。草木も眠る深い夜に響いた泡の音が、彼女の最期の声だった。
ヨワは泡の弾ける音が聞こえた気がして、眼下をたゆたう湖に目を向けた。その際手元が疎かになり、せっかく荷車からなだれるいちごの滝を受けとめた浮遊魔法を解いてしまう。
安堵から一変、悲鳴を上げた農夫の声でヨワは我に返った。
「すみません!」
「いや、魔法で衝撃を抑えられたからほとんど傷はついてませんよ。ありがとうございます、ホワイトピジョン様」
再び浮遊魔法をかけられて荷車に舞い戻ってきたいちごたちを調べ、若い農夫は笑顔で礼を述べる。ヨワは根っこ道の隙間にはまっていた最後のひとつを見つけ宙に浮かべながら、大学ローブを目深にかぶり直した。
「いえ。私はその家の者ではありません」
「え。でも今のはホワイトピジョン家の魔法ですよね」
ヨワは会釈で強引に会話を切り上げ、まじまじと見つめてくる男性の目から逃げるようにきびすを返した。しかし手首を掴まれて引き止められる。「せめてお礼にこのいちごを」と言い募る男性の声は、背筋を駆け上がった恐怖に掻き消されヨワは夢中で手を振り払った。
「あっ、すみません。急に掴んだりし……え? その手って……」
振り払った拍子にあらわになった手をヨワは袖で隠す。だが親指のつけ根から甲にかけて広がった青灰色の湿疹を見られたことはもう取り消せなかった。
「やべっ。俺急いで市場に行かないといけないんでした。えと、じゃあこれで失礼します!」