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ヨワは頬に手をあててにこりとも表情を崩さない練習をしながら、自宅の資料置き場へ帰った。
すると扉の前に一匹のネコがいた。夜明けの空色をした長毛、ぺしゃんこの鼻、白いひげと眉、そしてどんな埃もひとなでで絡め取りそうなふわふわのしっぽ。名前がわからないのでヨワはそのネコを「きみ」と呼んでいた。黒いベルベットの首輪をしているので飼いネコに違いない。ネコは気まぐれにやって来てはハチミツ入りのミルクを飲んで帰っていく。ミャオミャオとすり寄ってくるのはミルクの催促とわかって、ヨワはネコを抱き上げた。
「きみくらいなものだよ。私に媚を売ってくるオスは」
ふさがった両手の代わりに魔法で扉を開けた時だった。
「なんであなたがいるの!?」
鉱石の標本に囲まれて所在なく佇んでいたのはリン・ブラックボアだった。




