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「じゃあ別れるんだろ。スオウ王もススドイ大臣も十年なんて待つ気ないぞ」
リンはやけに語気を強めて言った。
「うん、まあそのつもりだよ。だから今回の海はお詫びの最後のデートかな」
「マセガキにそんな気つかう必要あるのかよ」
「ユンデは子どもなりにちゃんと私のことを好きになってくれたんだ。それなのに私は彼の好意を利用しようとしてた。きちんと謝らないと」
リンは黙ってうなずいてくれた。そんな彼をユカシイがすかさず男の嫉妬は醜いですよ、とからかった。誰が、と否定してそっぽを向いたリンの本当の気持ちはわからない。
愛し合って結ばれるのならリンがいい。だけど彼の隣に自分はどう考えても相応しくない。心を諦め、世継ぎを成すことだけを選んだら彼はまた怒るだろうか。でもどうすればいい。人の心など欲しいと言って手に入るものではないのに。
ヨワはそのままユカシイとリンを伴ってヴィオレフロッグ家を訪れた。ソゾロを追いかけたあの時を思い出しながら、しかし今日はちゃんと人の道を選んで進んだ。
水路を挟んだ対岸に出た。シジマが修繕した水路の柵の間隔は前よりも心なしか広めに取ってあるように見えたが、ヨワが注意を無視して登った根っこも前方に見える青い屋根に六つの窓と二つの煙突がついた家も記憶のままだ。
ヨワは家の様子をうかがいつつ、リンとユカシイと自分に魔法をかけて水路を渡り裏庭から失礼して正面に回った。ドアノッカーを叩いてしばらく待っていると軽い足音が扉越しに聞こえてきた。
「今開けるね!」
男の子の声にヨワはハッとした。ふわふわとカールを巻いた赤毛と水色の無邪気な目はそのままに、小学校低学年まで体が小さくなったユンデが重そうに扉を支えてヨワを見上げた。




