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ヨワはまだ自分が、ユンデが子どもであることを理解していなかったと気づいた。彼は本当に子どもだ。おそらくまだ十歳にもなっていない。一族の歴史も社会の視線もなにも知らない。母の温かな手に守られている。ヨワに近づいたのはヨワが悲しんでいたから、両親に守られるユンデのやさしい心がそうさせた。
「あの子はだいじょうぶなんだ」
心に浮かんだのは安堵だった。リンの家族に感じた妬みや卑屈がもたらすかげりはヨワ自身が驚くほど薄かった。それがススタケと庭番の仲間のお陰だと気づくとにわかに胸の真ん中が温かくなる。無条件に受け入れてくれた根っこの家族の存在がヨワの気を少しだけ大きくさせていた。
「やれやれ。こんなところまで来られるとはな」
ふいに男性の声が耳元で聞こえたと思った時には、ヨワの口と鼻は布でふさがれていた。どこかで嗅いだことのあるすっとするにおいが鼻腔を通り抜けた。ヨワが身を寄せていた根っこの向こう側からぬっと現れた男性の顔に目を見開く。バナードだった。植物を慈しみ育んできたバナードの手がヨワの悲鳴を遮る。汗を浮かべ、ともに笑い驚き時には冗談を言った顔は、なんの感情もなく冷めた目で恐怖に震えるヨワを見下ろしていた。
「すべてはコリコの樹のため」
意識が急激にかすんでいく。すぐそばでつぶやいたバナードの言葉さえ拾えない。落ちると思った次の瞬間、ヨワは真っ暗闇に放り込まれた。
ユカシイがなにか言っている。
なにかが壊れる大きな物音が響いた。
浮遊の魔法も使っていないのにヨワはふわふわと宙を漂っている。風の音に混じって葉のさざめきがこんなことをくり返していた。
『起きて。逃げて。起きて。逃げて。起きて、起きて。逃げて!』




