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「本当にそうかしら。ネコって元々気まぐれな動物だし。あのもじゃ男はもっといやらしい魔法使いでヨワ先輩の話を盗み聞きしたんじゃないですか」
ユンデのこととなるとユカシイはとたんに冷たくなる。彼のなにがそこまでユカシイに嫌われるのかヨワにはわからなかった。
ヨワは期待を込めてシジマを見上げた。
「シジマさんなら知ってるんじゃないですか」
静かに耳を傾けていたシジマはゆっくりと長い息を吐いた。
「とりあえずここから出よう」
シジマは図書館の玄関脇にヨワとユカシイを立たせた。そして注意深くあたりを見回した。すぐに答えが欲しいヨワだったが、シジマの目はやや離れたところのベンチで新聞を広げている男性に留まっていた。その男性に話を聞かれることを警戒したのか、シジマは「歩きながら話そう」と言って図書館沿いに伸びる遊歩道を東区へ向かって歩き出した。
シジマの声はまだ図書館にいるかのように静かだった。
「戦時中、ヴィオレフロッグ家の者は変化の魔法を使って相手国の高官になりすまして騙したり、情報を盗み出すことが主な任務だった。王の影武者はおまけみたいなもんだ」
ヨワはこの時はじめて得意げになっていた心が揺らいだ。自分が開けてしまった箱のふたがどうして閉じていたのかようやく理解した。
「戦争にきれいごとなんてない。どこにも正義はない。だがそれはあまりにも印象が悪い。だから全部隠すのさ。ヴィオレフロッグはそうして隠された王家の汚点なんだ」
「汚点。過去の汚点……」
にわかに息苦しくなってヨワは浅く早く息をついた。
「ヨワ。ユカシイ。これ以上はなにも聞かなかったことにして忘れるんだ。いいな」
ユカシイが素直に返事した。ヨワは苦しさに声が出なかった。




